第一回 「ハーメルンの笛吹き」は若者を動員するのか、それとも民主主義の危機か
      ――2013年、ネット選挙解禁の裏側で


 2013年の公選法改正に伴うネット選挙が解禁されたことによって、「ウェブサイト等を用いた選挙運動」が可能になった。2013年の参院選、2014年の東京都知事選は、早くもそれらを活用した選挙運動が繰り広げられた。
 ところが、蓋をあけてみると、「興味深い、新しい取り組み」は登場したものの、マクロの傾向は事前の予想通りだったし、ネット選挙のポテンシャルをもっとも引き出したのは、自民党であれ、共産党であれ、基盤を持った勢力であった。
 「興味深い、新しい取り組み」は行われたものの、マクロで大きな影響をもちえない、という事態は、これまで日本の社会運動が繰り返してきたことの反復でもある。
 ネットは、日本でもビジネスを大きく変えた。かつてのITベンチャー企業が、今では一部上場企業になり、大企業としての存在感を発揮している。
 それでは社会や政治の領域ではどうか。実態はともかくとして、少なくとも表象としてはネット発の革命といわれた「アラブの春」や、ソーシャルメディアや草の根寄付が大きな影響を与えたオバマの2度の大統領選挙は、情報技術が政治や社会に新興勢力を台頭させるのではないかという期待をもたらした。
 日本の場合、文書図画を規制した公職選挙法が情報技術の活用と影響を極力排除しようとしていたから、その規制が大幅に緩和された2013年の公選法改正によって、いよいよ機は熟したかに思われた。だが、結果は周知のとおりであった。
 いつかは「ネットは社会を変える」のだろうか。あるいは、「ネットで社会を変える」なら、どうだろう。そのための、前提条件とはどのようなものだろうか。両者は似て非なるものである。後者には意思と、戦略が必要だ。
 この問題を考えるにあたって、参照してみたいのが、2013年の参院選に立候補した、ミュージシャン三宅洋平の事例だ。
 結果は落選だったが、176,970票という落選候補者中の最多得票を獲得した。過去にもネットの活用を標榜した国政選挙における、一般的な意味での無名候補者は少なからずいたものの、いずれも数万票にとどまっていた。
 2013年の参院選でも、ほかにもネット選挙を活用した候補者は少なからずいたが、テレビタレントとして抜群の知名度を持っていたり、現職議員だった。その他の無名候補は、やはり泡沫のままであった。その意味において、三宅の事例は異色だ。しかも、参院選後も政治活動を継続している。この短い連載では、彼の政治へのアプローチの普遍的な示唆と課題について検討し、日本の「ポスト3.11の情報社会」を考える端緒としたい。

 2013年7月20日、炎天下の土曜日の午後、東京は渋谷ハチ公前には、いつもと同じように多くの若者たちが集まっていた。首都圏のみならず、全国から多くの若者がやってきて、熱気に包まれている。そんな平凡な休日の光景のようにも見えた。
 ハチ公を前にして慌ただしく音響機器や簡易のステージの設営が行われ、ちょっとしたイベントが始まろうとしていた。
 集まっている若者を見ると、Tシャツでクビにはタオルを巻いて、スニーカー姿のものが目立つ。主催者側と、聞き手の距離は近い。
 東急線の地下入り口となっている建物の黒い壁を背にして、ちょっとしたライブステージができあがった。壁には緑の垂れ幕がかけられ、台座が置かれていた。
 その簡易ステージに、レゲエやヒップホップの人気バンドが次から次へとやってきては、演奏していく。リズムにあわせて、若者たちは身体を揺すっていた。
 この「ライブ」は20時まで続いた。ライブ後も、人々はハチ公前に留まり続けていた。
 このような光景は現代の東京において、特別珍しい光景ではない。
 渋谷ハチ公前という街頭にあまりに多くの若者が集まって行われていること、そしてそれがなにより、緑の党の公認候補として比例区から出馬した三宅洋平、そして無所属で東京選挙区から立候補した山本太郎の選挙運動であることを除けば。
 近年若者の政治離れが指摘されて久しいが、ハチ公前に集った彼らは、三宅と山本の最後の選挙運動を応援するために集まったのだ。
 そこで行われたのは、驚くほど政治色が薄く、しかも後述するが一般に思われている「脱原発」というシングルイシューでさえなく、政治的メッセージの少ない選挙運動だった。
 「選挙フェス」と名付けられたこのスタイルの選挙運動は、17日間に及ぶ参院選の選挙運動期間中、日本全国、三宅の行く先々で繰り広げられ、終盤に近づくほど多くの若者を集めた。

 同じころ、秋葉原にも多くの人々が集まっていた。JR秋葉原駅前には、国民的アイドルAKB48をモチーフにした「AKB48」カフェと並んで、「ガンダムカフェ秋葉原店」がある。ガンダムの関連グッズや、それにちなんだメニューを扱っている若者に人気のスポットだ。
 そのガンダムカフェを背に選挙カーが止まっている。車を囲んで人々が集まり、高い三脚がついたカメラや梯子といった重装備の機材を揃えたマスコミも数多く揃っていた。
 渋谷に集まった人々と比べると、秋葉原駅前に集まった人々の年齢層は高く、白シャツやポロシャツにスラックスと革靴など、固い格好をした人が目につく。少なくとも、ライブにいくような格好ではない。
 4割ほどだろうか。少なくない人々の手に大小の日の丸が握られ、なかには声高に安倍首相の名前や「自民党頑張れ」と叫ぶのが時折聞こえてくる。渋谷とは違って明らかに政治的なイベントであることがわかるが、こちらも十分高揚感が伝わってくる。
 随所に警察車両も止められており、スーツながらヘッドセットをつけ、当たりを見回している、見るからに公安関係者らしい人物も散見される。ある種、熱気と緊張感が混じった物々しい雰囲気のなかで、自民党関連の人々が立て続けに挨拶を行った。
 しかし秋葉原のボルテージがもっとも高まったのは、やはり安倍首相が演説を始めた瞬間だろう。「2001年宇宙の旅」のテーマをBGMに、演説を行った。
 安倍の応援演説のあとにはもう一悶着あった。安倍首相が秋葉原を後にする横で、マスメディアのカメラクルーが聴衆の視界でも遮ったのだろうか。自然発生的に「NHK解体!」を叫ぶシュプレヒコールが始まり、長く収まることはなかった。
 これが自民党、2013年参院選最後の応援演説であった。
 2013年参院選は、事実上第二次安倍内閣の信任を問うた選挙だった。未だ記憶に新しいが、結果は自民党の圧勝。単独過半数には届かなかったものの、自公で76議席を獲得する大勝であった。結果、現時点においては安倍内閣の経済政策は信任を得て、ねじれ国会も解消した。
 こうした大きな話題に加えて、もうひとつ2013年の参院選から、国政選挙において初めて、新しく大きな選挙制度の改革が行われていた。
 三宅洋平と自民党の投票日前日の最後の選挙運動は、それぞれが2013年参院選の「新しい選挙」を象徴したと考えられている、しかし対称的な2つの光景だった。「新しい選挙」とは「ネット選挙」の解禁だ。
 ネット選挙の概要、可能性と課題については拙著『ネット選挙――解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』(NHK出版、2013年9月末刊)等で論じているが、端的に説明すると2013年7月の参院選挙から、選挙運動にインターネットを利用できるようになったのだ。日本でネット選挙解禁について論じられるようになったのが、1990年代半ばのことなので、20年来の課題がようやく一歩前に進んだのだった。

 ネット選挙解禁の論点の一つは「政治マーケティングの高度化」と「政治の透明化」の駆け引きであった。
 政党のなかでも自民党は広告代理店やIT企業の協力を取り付けたチームをおき、インターネット上の人々の書き込みを多角的に分析した。どのような意見が支持され、どのような見解が批判されるのかといった傾向についてだ。さらにその情報をフィードバックし、各候補者の応援演説の表現や語句に反映した。
 秋葉原という場所で最後の応援演説を行ったのも、ネットで話題になりやすいからだ。ちなみに、2012年12月の衆院選の最後の応援演説も秋葉原で行っている。端的にいえば自民党は政党や候補者から有権者の支持を取り付ける手法として――つまり、高度化した政治マーケティングとして――ネットを活用したのだった。
 もう一つは、ネット選挙解禁によって、ネットの分析を通じた新しい調査報道や衆人監視状況の変化によって「政治の透明化」が促進された。ネット選挙解禁は、選挙運動期間中は特に政治番の記者など限られた人間しか政治家の生の声に接触できなかったこれまでの状況を大きく変えた。ネットを通じて政治家のダイレクトな表明や、選挙運動の状態にアクセスできるようになっている。新たな衆人環視の環境がそこに生まれたのだ。
 筆者も毎日新聞社とともに、ネット選挙の分析報道に取り組んだが、新旧メディア各社が大学や調査会社と連携して調査報道を増やした。「政治マーケティングの高度化」と「政治の透明化」の駆け引きは今後も続くだろう。

 他方、一見、若者中心の新たなネット選挙運動のように映る、三宅らによる「選挙フェス」は、その狭間で新たな可能性と課題――大げさにいえば民主主義の危機――を浮き彫りにした。
 三宅洋平を支持する若者たちは、彼の応援演説を映像に撮影し動画共有サイトにアップした。三宅本人もTwitterをはじめソーシャルメディアで積極的に情報発信を行った。またコミュニケーションの形式としても、スーツも着ず、襷もかけず、冒頭に記したように「選挙フェス」というライブのような形式で行い続けた。
 一般に三宅は「脱原発」を支持する候補者として認知されている。だが、応援演説の内容は一筋縄では捉えられないほどにユニークだ。動画共有サイトに、多くの「選挙フェス」の動画がアップされているので、それらを丁寧に視聴すると見えてくるが、実は三宅自身が脱原発を声高に訴えている場面は多くはない。
 それどころかエネルギー問題について「自分もわからない」「他人に話しかけてみよう」「他の政党の候補者や政治家もリスペクトしてる」といった他者肯定、あるいは疑問形のメッセージが多いことに気づくはずだ。自身への支持や投票を直接呼びかけることすらあまりない。
 三宅はその風貌や、ライブというメッセージの形式もあわせて、聴衆に対して、新たなコミュニケーションの起点となることを促している。
 実際、彼の「マニフェスト」を見てみても、それらは箇条書きで、具体的な政策的主張はよく分からない。斬新な主張よりも、新たなコミュニケーションの誘発が選挙運動の中心になったという意味で、「コミュニケーションありきの選挙運動」といえる。
 彼はリズムにあわせてこう言う。
 「政治のことは正直よく分からない。政治家の人たちも実際に顔合わせて話してみればリスペクトできた。国会に行って、彼らが話していることを聞いてみようと思う。みんなも家に帰ったら、こういうことを話してみてほしいんだ」と。
 古典的な、他党や他の候補者を半ば罵倒し、自身の政策を連呼する選挙運動に慣れていると、どこか頼りなくさえ思えてくる。
 だが、選挙戦後半になるにしたがって、明らかに選挙フェスの集客は増えていった。個人に対する信任と政党に対する信任を合算する参院比例区という注釈はつくものの、三宅は落選したが177000票を集めるに至った。
 三宅洋平は「地盤・看板・カバン」を持たなかった。ミュージシャンといっても、山本太郎とは異なり、一般的にも著名なわけではない。放送法の規制もあるため、マスメディアが集中的に取り上げたわけでもない。その支持は、インターネットやSNSなどを通じて彼の活動を知った若者に由来すると考えられる。
 こうした三宅の取り組みを、「若者の政治参加を促す」と肯定的に捉える動きもある。共感できる点もあるが、一方で危険性についても考える必要がある。
 具体的な政策メッセージが乏しく、何を主張したいのかが不透明な彼に、そのスタイルに共感した多くの若者たちが賛意を表明している。
 「新しい社会運動」と呼ばれるように、90年代から(大文字の政治から離れた)ストリートで政治的主張をこうしたスタイルで行うものは従来からいた。
だが、実際に間接民主制に参加し、立候補して若者の支持を集めたケースは少ない。
 もちろん三宅が戦略的だったのか、無意識的に行ったのかは分からないが、三宅は政治について漠然とした不満を持った現代の若者たちを、具体的な到着先が分からないまま政治に巻き込んでいった。さながら、ハーメルンの笛吹のように。
 またこの「形式」が動員に一定程度有効だということが明らかになった以上、この動員スタイルを分析、模倣しようとするものが多数出てくることも考えられる。もっと知名度があり、圧倒的な動員が見込める人物を使って。とりわけデータからネット選挙にアプローチする与党がこうした手法を採用する可能性を考えると、あまり気持ちが良いものではない。
 自民党はコミュニケーションの形式それ自体は従来と変わらず、双方向のやり取りに積極的ではなかった。だからこそ、具体的な政策論争ではなく、参加と共感の感覚で動員を試みる「コミュニケーションありきの選挙運動」という形式を取り込んでくることは十分に考えられる。実際大手音楽レーベル関係者を泡沫候補として立候補させ、人気歌手らに応援させていたくらいなのだから。

 ネット選挙解禁についての議論は選挙が終わって鳴りを潜めた。だが、選挙制度は民主主義の根本的な制度の一つである。それらをどのような理念に基づいて行うべきなのか、今一度問うてみる必要があるのではないだろうか。

第二回へ  

ページトップに戻る

西田亮介

1983年京都生まれ。
立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘准教授。

専門は情報社会論と公共政策。情報化と社会変容、情報と政治(ネット選挙)、社会起業家の企業家精神醸成過程や政策としての「新しい公共」、地域産業振興、協働推進、日本のサーフカルチャーの変遷等を研究。

著書に『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』(NHK出版)。共編著・共著に『「統治」を創造する』(春秋社)、『大震災後の社会学』(講談社)等。

Web春秋トップに戻る