第二回 メモをとる全盲の女性


 物理的には一つの体なのに、実は複数の体を持っている。前回は、障害のある人にしばしば見られる、そんな「ハイブリッドな体」についてお話ししました。いわば、「多重人格」ならぬ「多重身体」。この現象が見られる典型的なケースは、中途障害です。人生の途中で障害を得た人は、現在は障害のある体を生きているとしても、ベースにあるのは、健常者として生きてきた経験の蓄積です。そこに、先天的に障害を持っていた人とは異なる、二重化した体が生まれます。
 中途障害は、以前/以後という時間的な境界線が生み出す体の多重化ですが、空間的な境界線によって多重化が生じる場合もあります。つまり体の一部分、たとえば右半分だけ、あるいは下半身だけ、あるいはひざ下だけに障害がある場合です。もちろん、時間的な境界線と空間的な境界線の両方を持っている人もいます。
 共通しているのは、どちらの場合でも健常者の身体としての経験と、障害者の身体としての経験とを、両方持って生きていること。ここに「記憶」が大きな役割を果たします。この連載では、この「記憶」に注目しながら、ハイブリットな身体の不思議とその意味について考えていきたいと思います。
 前回は導入的な内容でしたので、今回から本格始動です。毎回、さまざまに異なる身体をケーススタディ的に見ていきますが、人によって境界の走り方が違いますし、境界に対するアプローチも違います。さまざまなケースを扱うことを通して、体が記憶をどう利用するのか、あるいは逆に記憶が体にどう作用するのか、両者の関係を見ていきたいと思います★1
 今回扱うのは、まさに「多重身体」という発想を私にくれた、西島玲那さんという女性のケースです。彼女は全盲なのですが、常に紙と鉛筆を持ち歩いていて、何とメモをとる習慣があるのです。彼女へのインタビューは、多重化したまま動く体をまじまじと見せつけられる、驚きと発見の連続でした。

見えなくなって10年

 インタビューしたとき、西島さんは30代になったばかりでした。19歳のときに見えなくなったので、それからすでに10年以上が経っていることになります。もともと、視野が狭い、夜盲、色弱、といった症状がありましたが、高校1年生の夏休みに急激に視野が狭くなり、今は全盲です。
 本題から逸れるので詳しくは触れませんが、興味深いことに、西島さんは、自分が失明したことにすぐには気づかなったそうです。そのときの状況を、西島さんはこう話してくれました。「おうちの中で急いでいたので、気がつかなかったです。母とくらしていたのですが、いつもと同じように準備をして、ご飯を食べていました。家を出て、アパートの階段を降りて、陸に着地したときに『あれ?』と思った。何見てるんだろう、って」。
 おそらく西島さんは、もともと見えにくいという症状があったので、周囲を認知するための手段として視覚の占める割合が相対的に低かったのでしょう。だから家の中のような慣れている場所では、視力の変化に気づくことがなかった。ところが外に出たとたん、目で見る必要性が生じ、しかしそれができないので、視力が落ちていることに気がついたのです。
 意外な感じがするかもしれませんが、「失明したことに気づかなかった」というケースはそれほど珍しくはありません。急な事故でもないかぎり、「気づいたら失明していた」という場合がほとんど。そもそも慣れた場所では、私たちはあまりちゃんと見ていないのかもしれません。これも記憶を考えるうえでは面白い問題です。
 私は研究目的でインタビューをするときには、まずは障害の状態について自分の言葉で説明してもらうようにしています。西島さんにも同じように話をしてもらったのですが、彼女に関しては、どうもその話す内容が頭に入ってきませんでした。そう、彼女が話しながらメモをとっているので、気になって気になって仕方がなかったからです。

真空パックされた「書く」

 彼女は、私の質問を整理するためというより、自分の話を整理するためにメモをとっていました。つまり記録というより想起のためにメモを持っていたのです。話の内容にあわせて、A5サイズの小さな紙に、「10さい→15夏→19歳」と、数字、ひらがな、漢字、記号を自在に使って書き記していきます。席に通されるなり、かばんからチラシの裏紙の束と鉛筆を取り出したので、ハテナと思っていたのですが、あまりに自然にメモを取り始めたので、西島さんは実は見える人なのではないかと思ってしまったほどでした。
 とはいえ、ただ鉛筆を動かすだけであれば、運筆の記憶がありますから、字を書くこともできそうな気がします。運動の熟達はしばしば視覚の排除を伴うからです。たとえばボタンかけ。目で見ながらでなければボタンを留められなかった幼児も、成長するにつれて、手元を見ずに、たとえば背中についたボタンでさえ留めることができるようになります。日常生活の大部分は反復的な行為から成り立ちますから、「見ない」傾向はしだいに増大します。先ほどの「失明に気づかなかった」という話とも関連する現象です。
 ところが、西島さんはただ鉛筆を動かせるだけではないのです。何と、いったん書いた場所にもどって、強調するために丸で囲ったり、アンダーラインを引いたりすることができるのです。そのあいだ、西島さんが紙を手で触って、書かれた文字の痕跡を確かめることはありません。「レーズライター」という、視覚障害者用の筆記用具がありますが、これは薄いセロファンにボールペンで書く仕様で、触覚で筆跡を確認します。ところが西島さんが使っているのは、タネも仕掛けもないチラシの裏紙と鉛筆。まさに「見えているように」としか言いようがないほど自然に、数分前に書いた文字にリーチできるのです。
 この能力がさらに発揮されるのは、地図を描くときです。地図とは、文字や図形が書かれた位置こそが意味を持つ書記です。家が、道として引いた線のどちら側にあるのか。線路は、その道に対してどういう角度で交わっているのか。要素間の空間的な関係は正確でなければなりません。西島さんは、こうした地図も、やすやすと描いてみせるのです。
 それまでに書いた要素にリーチできるということは、西島さんが、紙に書かれた内容を頭のなかで映像的にイメージしていることを意味します。つまり、西島さんは手の運動の記憶をただ再生しているわけではなくて、まさに紙を「見ている」のです。見えていた10年前までの習慣を惰性的に反復する「手すさび」としての「書く」ではなくて、いままさに現在形として機能している「書く」。私がまず驚いたのはそこでした。全盲であるという生理的な体の条件とパラレルに、記憶として持っている目の見える体が働いている。まさにダブルイメージのように二つの全く異なる身体がそこに重なって見えました。
 多重身体。これまでの研究で私が注意を向けていたのは、障害を得る前後で起こる体の「変容」の方でした。体には可塑性があります。中途障害という大きな出来事があると、障害を受けた部分だけではなく、それをカバーするように全身の働き方が変わります。このことは脳科学によってもさまざまな事例が報告されています。たとえば、全盲になると、脳の視覚野が、見るためでなく点字を理解するために使われるようになる場合があります。
 ところが、西島さんのケースはこのような「変容」とは全く異なる例でした。もちろん、西島さんの体にも可塑性があり、失明によって変容した機能もあるはずです。視覚が使えなくなった分、反響音を利用して空間を把握する力は、格段にアップしているでしょう。けれども少なくとも「書く」という行為については、失明という要因によって変化を被ることなく、むしろそのまま「保守」されている。そのとき私が受けた印象は、「『書く』が真空パックされている」という感覚でした。見えないことによって劣化することのない、現在形の「書く」がそこにあったからです。障害を得る前の体を捨てずにそのまま保存する、「多重化」という道もあるのだと発見した瞬間でした。

〈物・体・視覚〉のフィードバック・システム

「書くという運動」と「書かれたもののイメージ」がセットになって現在形の「書く」が成立する。このことについてもう少し考えていきましょう。
 書くことに限らず、私たちが何らかの行為をするとき、感覚として知覚した情報を手がかりに、運動を微調整しています。陸上の100メートル走で自分のコースをまっすぐ走れるのは、地面に引かれたラインを見て、そこからはみ出ないように着地する位置を調節しつづけているからです。この知覚情報の運動へのフィードバックが、人の体と空間を結びつけます。知覚情報のなかで、視覚が最も重要な役割を果たしているのは言うまでもありません。
 運動のなかでも、とくに「書く」は、非常に複雑なフィードバックのシステムを持ちます。陸上のラインに沿って走る場合と違って、「書く」は意味を生み出す運動だからです。もちろん、「書く」にも、鉛筆を持つ時の位置や長さや筆圧など、純粋に運動レベルのフィードバックのシステムがあります。けれども、それには還元できない、意味に関わるフィードバックのシステムが、「書く」には存在するのです。
 たとえば、筆算をする場合を考えてみましょう。287×859という掛け算は、多くの人にとっては暗算では困難な計算です。しかし、紙と鉛筆さえあれば、小学生であっても解くことができます。つまり、暗算ではできない思考も、筆算によって、つまり「書く」ことによってならできるのです。暗算で行う場合、私たちはすべての計算のプロセスを頭のなかに保持しつづけなければなりません。けれども筆算の場合には、大きな計算のプロセスを小さなプロセスに分け、書かれた文字に対して足したり掛けたりといった機械的な操作を行えばよいことになります。「書く」は「考える」ための手段になるのです。
 ここにあるのは、紙に書かれた情報と対話するようにして進める思考のあり方です。もっとも、こうした対話の相手は必ずしも「紙」には限りません。計算をするにしても、「そろばん」を使うこともあるかもしれないし、算数を習いたての子供なら「おはじき」を使うでしょう。いずれにせよ重要なのは、私たちが何らかの物を操作し、その結果を視覚的にフィードバックすることによって、思考を容易にするということです。体と物と視覚のあいだにも、思考が存在するのです。
 思考というと、頭のなかで行う精神活動のように思われがちです。しかし必ずしもそうではありません。認知科学者のアンディ・クラークは、テトリスの例をあげながら、この能力について語っています★2。テトリスをプレイするとき、私たちは落ちてきたピースをくるくる回転させます。あるいは左右に平行移動させてみるかもしれません。
 こうした操作をなぜ行うのかといえば、とりもなおさず、「考えるため」です。どの向きでピースをはめれば、画面の下に堆積しているブロックがつくる谷の形に適合するか。あるいは、さまざまな谷のどこにピースをはめ込むのが、最適な選択か。落ちてくるピースをただ眺めていただけでは分からないのに、それを回したり移動させたりすれば、おのずと答えが見えてきます。私たちは「見ながら考える」、つまり視覚的なフィードバックを組み込むことで、自分の脳だけではとうていできないような複雑な思考を、簡単にこなすことができるのです。クラークが言うように「内部システムと外部システム(脳/中枢神経系とスクリーン上の操作)は単一の統合計算ユニットのように、一緒になって機能している」★3のです。

黒い紙に白いペンで書いたほうが「見やすい」

 このように私たちは、物と体を視覚でつなぎながら、運動のさなかにリアルタイムの調整を行ったり、思考を容易にしたりしています。一方、目の見えない人の場合、こうした視覚的なフィードバックは、運動レベルにせよ、意味レベルにせよ、ふつうは用いることができません。視覚を通して入ってくる情報が少ないために、本来的に、空間と体が切り離されがちなのです。ガイドなしで100メートルまっすぐ走るのは不可能に近い業【わざ】ですし、道に迷ったりすると、周囲の様子が分からず白紙の上に立っているような感覚になるという人もいます。もちろん、聴覚や触覚を使って空間の様子を把握することはできます。しかし、リアルタイムのフィードバックとなるとやはり視覚は優位です。
 ところが、西島さんの「書く」は、運動と意味の両面において、視覚的なフィードバックの経路に組み込まれています。それまでに書いた文字にリーチできるという点で視覚的な運動制御がそこにはありますし、書くことで頭の中が整理されるという点で、意味的な制御にも関わっています。もしこれが単なる「運動記憶の再生」であったなら、決められたプログラムのように、周囲の空間や思考とは無関係に発動するはずです。ところが、西島さんの「書く」は、環境のなかで、思考と関わりながら行われている。これが、西島さんの「書く」が現在形であるゆえんです。
 もっとも、視覚的なフィードバックといっても、西島さんの場合は文字どおりの視覚を用いているわけではありません。ですから、正確には「イメージ的なフィードバック」とでも言うべきものかもしれません。西島さんは、あくまで、頭のなかにメモのイメージを思い浮かべ、そのイメージを手がかりに別の文字や線を書き加えたり、あるいは考えを進めているのです。もっとも、目の見える人だって、こうしたイメージ的なフィードバックを行います。手元に紙がなければ、頭のなかに筆算のプロセスやそろばんの珠をイメージして、それを手がかりに計算をするでしょう。とはいえ、イメージのベースにあるのは視覚です。視覚的な経験がもとにあるから、筆算のイメージやメモのイメージが作れるのです。この意味で、イメージ的なフィードバックも、視覚的なフィードバックの一部であると考えることができます。
 面白いのは、それでもやはり、西島さんが実際に紙を使って書くことにこだわるという点です。見えないのだから、ただ頭のなかに「書いて」いけばいいじゃないか、などと思ってしまいますが、西島さんにとってはそうではない。頭のなかにイメージを思い浮かべるのと、書いたものを頭のなかでイメージするのでは、決して同じことではないのです。
 その証拠に、西島さんは、デッサンなどをする場合に「黒い紙に白いペンで書く」のを好みます。ちょうど、黒板にチョークで線を引くような色の組み合わせです。なぜそうするのか。彼女に訊くと、「そのほうが見やすいから」という答えが返ってきました。耳を疑ってしまうような理由ですが、白は膨張色であるため、紙の輪郭がはっきりせず、どこに書いているのか分からなくなってしまうのだそうです。「頭の中で、白い紙の輪郭がはっきりするには、机が真っ黒じゃないと境界線が分からない、と迷子になっちゃったんです。じゃあ、黒だったらと思ったら、黒は膨張色じゃないので、紙の端っこが捉えやすくなった」。もともと、自らを「文房具大臣」と呼ぶほどに文房具に興味があったという西島さんですから、紙にこだわるというのもあるのかもしれません。けれども、ここにはそのこだわりだけでは説明できない、西島さんならではの「見方」があります。
 そう、先の説明から分かるように、西島さんは書くときに「机」までをもイメージしているのです。机はたいてい白っぽい色をしています。黒い紙が「見やすい」のは、この机とのコントラストが際立つから。「もちろん、白い紙を見せられて『黒だよ』と言われたら騙されると思う(笑)」と西島さんは言います。けれども確実なのは、西島さんが、自分が書いている文字や数字だけではなくて、紙や机、もしかしたらその向こうにある床や壁をもイメージしようとしているということです。まさに見えるようにイメージを構成しているのです。
 これは、目の見える人が紙を使わずに頭のなかで筆算するときのイメージとは異なります。頭のなかで筆算するとき、その数字はおそらく紙に載ってはいないでしょう。ましてや机の天板が見える人はいないと思います。現れるのはかなり抽象化されたイメージにすぎません。そこには、「見にくい」という程度の問題は生じません。一方、西島さんのイメージは非常に具体的です。今まさに椅子に座り、鉛筆を動かしている自分の体性感覚と結びついた、具体的な空間のイメージのなかに、西島さんはいるのです。
 もちろん、中途失明の人のなかにはイメージを用いる人はたくさんいます。前から人の声がすると「棒人間みたいな人型のピンがあらわれる」とか、反響音を感じると「そちらに壁っぽいものがあらわれる」といった、非視覚的な情報をイメージに「変換」して把握するのです。けれども、そのイメージは見えなくなってからの時間が長ければ長いほど抽象的で、記号的なものになりがちです。西島さんは、見えなくなってからも日常的に書く習慣を続けてきたからこそ、「見えるようにイメージする能力」が高まったのかもしれません。

生まれていく絵

 日常的にメモをとる西島さんですが、メモだけでなく絵を描くこともしています。油絵具で描いた犬、コンテで描いたイルカ、ペンで描かれた女性……。画材もモチーフもさまざまで、なかには「エキゾチックジャパン」「コンクリートジャングル」と西島さんが笑いながら呼ぶ抽象画もあります。毎日のように描いて、目の見える知人に写真を送っているそうです。
 面白いのは、絵を描くときにも、西島さんが「描いたものとの対話」をしていること。つまり、最初から完成したイメージを持ってそれを実現するべく筆を走らせるのではなく、即興的に、描きながら絵を作り上げていくのです。「雰囲気みたいなものがどんどん動いていっちゃうから、一本だけ線を決めて、あとは、木炭や鉛筆など使ってる画材の効果を試しながら描いていきます。何も考えずに、とにかくいっぱい描く(笑)」。「雰囲気が動く」とは、まさに西島さんが単なる運動感覚ではなく、画面全体をイメージしながら描いていることの証拠でしょう。メモをとるときと同じ〈物・体・視覚〉のフィードバックが、ここでも働いています。しかも、絵の場合には、画材がさまざまですから、〈物〉と〈体〉のあいだの情報量も増大します。
 まず、紙の上に線を一本引いてみる。それが女性の髪の毛に見えたら、脇に目を加えもいい。鼻筋を描き、陰影をつけてみようか。場合によっては輪郭は省略してしまってもいい――西島さんの絵はそんなふうに出来上がっていきます。いわば、将棋の駒を一手一手打っていくような感覚。駒は配置によって戦力が変化しますから、ある一手がうまくいけば他の駒も生きるし、失敗すれば死んでしまいます。でも、西島さんは「楽しさと苦しさ、どっちが来てもいい」と言います。「迷子になりそうになって悶絶しながら描くこともあります。迷子になった理由を考えてもしょうがないので、次に描くときは、そこをもっとズームアップしたりして描いたりしますね。悶絶しているあいだにモチーフの新しい面を発見できるんです。わりと無になっている感覚がちょうどいいんです」。
 モチーフをとらえるために「ズームアップ」という視覚的なスケールの操作を行うことも興味深いですが、ここで注目したいのは、西島さんの言う「無になっている感覚」です。次の一手がわからず苦しかったとしても、西島さんが「無」と呼ぶ煩わされない心地よさがそこにはあり、それが「ちょうどいい」と西島さんは言います。実はこの感覚が、西島さんが絵を描く意味にも関係しています。

とっちらかった自分を取り戻す

 目が言えなくなって、西島さんは毎日が「はとバスツアー」になってしまったと言います。「視覚障害者に関わったことのある方って、言葉で丁寧に説明してくださるんですよね。それを聞いて理解するというのも、自分にとってはトレーニングだと思っていた。たとえばトイレにしても、もっとざっくりした説明でいい、それより早く用を足したい、と思っていても、『トイレットペーパーがこちらで、流すのがこちらで、ここがドアノブ、ここが鍵……』といった感じで細かく教えてくださる」。先述のとおり、目が見えない人は空間と体が切り離されがちです。いわばその「あそび」のようなギャップに、晴眼者の言葉が入り込みます。それはもちろん親切な介助ではあるのだけれど、ときとして過剰に感じることもある。トイレの中で当人が「早く用を足したいのに……」と我慢しているのも知らず説明を続ける介助者。まるでコメディですが、他人事とは思えません。
 つまり、障害がある人は、障害がある人を演じさせられてしまう、という現状があります。「障害を持った方としてのステイタスをちゃんと持たないと、どんどん社会不適合者になっていくなと思って(笑)、言葉で説明していただいたものを『はい』『はい』と聞いていました。『ちょっと坂道になっています』とか、毎日毎日はとバスツアーに乗っている感じが(笑)、盲の世界の窮屈なところだったんですけど、それに慣れていくんです」。そうなると、周囲を知覚するにしても、自分の感覚で情報を得て構成するのではなく、介助者の言葉によって世界が作られるようになります。「言語化したものから理解するコツが分かってくると、覚えようとしなくても、頭に入ってくるようになった。色についても、青そのものの感覚より、そういう『〇〇のような青』という言葉のほうが先に立つようになってきたんです」。
 そんな演技をつづけていくうちに「自分がとっちらかってしまった」と西島さんは言います。「目が見えなくなって、とっちらかったんですよね。自分の自我が崩壊するというか、分裂したんです。いろんな側面を持っていないと、いろんな人のガイドを受け入れられない。大人になってからの9年ほどは、そのことにすごく苦悩しました」。つまり「はとバスツアーのお客様」としてお行儀よく振る舞わざるを得なくなった。「『障害者は障害者らしく』みたいなものがあって、『いや、大丈夫です』と言うことが失礼にあたるんじゃないかということをどこか頭で考えていた。楽なんだけど楽じゃないという感じがあった」と言います。
 こうした状況があったからこそ、あの「無になる感覚」が必要だったのです。西島さんは言います。「絵を描くことをつきつめようとすると、自分のアイデンティティーがだんだん15歳ころの見えていたときに戻っていきます」。「ものを作るという作業をしていくと、自分が何を求めているのか、何を知りたいのか、ということの基盤が、見える/見えない、サポートしてほしい/してほしくないということとは別に具体化していくんです」。
 これはおそらく、ものを作ることの根源に触れるような感覚でしょう。ものを作るとは小さな迷いと決断の連続です。この線をどうのばそうか、口を描き込むのかどうか、ぼかしを入れるのかどうか……。問いかけるのも自分なら、答えるのも自分です。失敗したとしても、その責任を自分で引き受ける自由がある。日常生活では、望む/望まないにかかわらず言葉を与えられる側にあった西島さんが、絵を描いているときは、誰にも煩わされず、自分で判断をくだすことができる。人がものを書くときに発動する〈物・体・視覚〉のフィードバック・システム。それは西島さんにとって、いかなる他者の干渉をも排して試行錯誤の快楽に閉じこもることを可能にしてくれる、至福のサーキットであると言うことができます。
 このように考えてくると、西島さんがなぜ体を多重化させているのか、その意味が見えてきます。西島さんは生理的には視覚を持たない体です。でも同時に、見えていた19歳までの体を、高精度で保持しています。それは単なる「見えていたときの記憶」ではなくて、まさに現在形で発動する、「見える体ならではの機能の保持」です。もし西島さんが、「見えない体」しか持っていなかったら、その体で生きることの社会的な意味、あるいは実存的な意味に押しつぶされていたことでしょう。けれども、書く行為に没頭することで、西島さんはそこから一時的に自分を解放しています。
「書くこと」を通して、西島さんは自分の体を環境とダイレクトに結びつけ、他者が介入しない領域を作り出します。いわば、社会的な関係をオフにして世界との関係をオンにするのです。この意味で、書く能力を保持することは、西島さんにとっては、一時的な自律状態を作り出す手段なのです。もちろん現実には、さまざまな介助の手を借りてでないと日常生活が成り立ちません。西島さんはそのことについて声高に怒るわけでもないし、あるいは逆にその現実になじんで「障害者」になってしまうわけでもありません。身体を多重化させることによって、西島さんは環境と自分をつなぎなおし、社会と自分をつなぎなおしているのです。


★1 文章中で引用する当事者へのインタビューは、全文を私のホームページにて公開しています。http://asaito.com/research/
★2 アンディ・クラーク『現れる存在――脳と身体と世界の再統合』(池上高志、森本元太郎 監訳)、NTT出版、2012、88-90頁。なお、クラークの議論は、Kirth, D. and Maglio, P. “On distinguishing epistemic from pragmatic action,” Cognitive Science 18, pp.513-549, 1994にもとづくものです。
★3 前掲書、90頁

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伊藤亜紗(いとう・あさ)

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。専門は美学、現代アート。もともとは生物学者を目指していたが、大学三年次に文転。2010年に東京大学大学院博士課程を単位取得のうえ退学。同年、博士号を取得(文学)。著書に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『目の見えないアスリートの身体論』(潮出版)がある。同時並行して、作品の制作にもたずさわる。

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