第三回 藝術2.0は手前みそ作りなのか?


(1)第四の死

 西欧近代が生みだしたArtは、ついに、決定的に、死んでしまったのだろうか。無音、空虚、沈黙、すなわちArtの零度へと自らを葬り去ったのだろうか。
 いや、Artは、己れの零度をも乗り越えようとするのである。が、どのように? 自ら延命措置を発明するのである。しかも、二つ。一つが、世に「ポストモダニズム」と呼ばれたものの援用である。
 (以下、二つの延命措置と以降の顛末については、紙数の関係もありジャンル網羅的に語りえないので、それが最も兆候的に現象していると思われる「美術」を中心に論じていきたい)
 Artは、その零度=「死」を乗り越えるために、この「大きな物語」への不信感にもとづく知(ジャン=フランソワ・リオタール)註1を、どのように援用し、「延命」を図ろうとしたのか。それは言うなれば、自らの腐肉を喰らって断末魔を少しでも先延ばしにすることであった。Artという「大きな物語」の死した断片をシミュレートし、リサイクルし、リミックスして、Artを「脱構築」するパフォーマンスを演出することであった。Contemporary Artのポストモダニストたちはこぞって、ジャン・ボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』(1981年)を我田引水して、自分たちの「シミュレーショニズム」を競ったのだった。たとえば、その最も極端な例、マイク・ビドロは、Artの「大きな物語」を織りなす主人公たちの「名作」をありのままにシミュレートした『Not Picasso』、『Not Pollock』、『Not Warhol』などをArt界に提示し、その同一物の反復=「Not」という自家撞着的パフォーマンスに、Artのわずかな延命を賭けた。が、それも(他のパフォーマンス同様)もちろん、弥縫策にすぎなかった。
 そこで、Artは、二つ目の延命措置を考えだす。それが、世に「マルチカルチャリズム」と呼ばれたものの援用である。
 西欧近代が生みだしたArtは、「欧米、、」で死に瀕していた。自らの腐肉を貪ることにもたちまち飽きてしまったArtは、どうしたのか。それまで「Art」とすら認知していなかった、「欧米」の〈外〉で作られていた/いる物どもを、突如として「Art」として認知してみよう、それによって、さらなる延命を図ってみようとしたのである。そうして、フランスのキュレーター、ジャン=ユベール・マルタンは『大地の魔術師たち展』(1989年)で、Contemporary Artと非「欧米」の(Artの世界からはそれまで「フォーク」アートとか「プリミティヴ」アートと蔑称されていた)創作物を並置して見せた。日本という(少なくともArt的には)非「欧米」での同時代的創作物の一部もまた、同じ文脈で「Art」としてようやく認知され始めるのである。それ故に、カトリーヌ・ダヴィッドもまた、自らのドクメンタのために、「極東」の地にまではるばる足を運んだのではなかったか(しかし当時の彼女には未だ「Art」と認知できなかったわけだが)。
 そして、延命のためのArtの新たな〈外部〉の発見は、非「欧米」だけではなかった。文字通り「アウト、、、サイダー・アート」もまた、Artとして(再)「発見」される。ベルギーのキュレーター、ヤン・フートが『オープン・マインド』(1989年)で、アメリカのキュレーター、モーリス・タックマンが『パラレル・ヴィジョン』(1992-93年)で、(マルタンが「欧米」と非「欧米」を並置したように)「インサイダー・アート」と「アウトサイダー・アート」を並列して見せたのだ。
 こうして、ケージやクランやベケットの無音・空虚・沈黙によって息絶えんとしていたArtは、非「欧米」と「アウトサイダー」というArtの新たな〈外部〉=「植民地」を発見・発明することにより、その絶息をさらに引き延ばそうとするのであった。
 そんなArtの延命劇が演じられているこちらの世界では、“美”をめぐる、はるかに深刻かつ広汎な事態が進展していた。「社会の全般的美化」註2(ジャンニ・ヴァティモ)という事態である。
 資本主義は、1980年代、「先進国」において、高度消費資本主義に突入した。剰余価値の増殖を、もはや交換価値の差異化によっては見込めないことから、広告産業による記号的・象徴的価値の差異化に「転移」していった。そうして、世には、大量の広告的イメージが氾濫し、その記号的きらめきを競いあった。そして、消費者たちは、そのきらめきを身に纏い、自らの生活を彩ったのであった。人々の生は、“美”のシミュラークルに取り巻かれた。
 そして、90年代、デジタル・テクノロジーが一挙にパーソナル化される。「消費者」たちは、それまで資本主義的産業が「生産」する“美”をただ「消費」するしかなかったが、この「パーソナル」なメディアを手中にしたことによって、自ら“美”を「生産」いや「創造」する術を得た。そうして、パソコン一台あれば、誰もが「クリエーター」になれる状況が現出した。誰もが、「ミュージシャン」に「イラストレーター」に「フォトグラファー」に「ライター」になれる時代が到来したのだ。ヨーゼフ・ボイスの「人間は誰でも芸術家である」というスローガンが、今や、現実化されたかのようだ。まさしく「誰でもピカソ」。
 こうして、社会は、人々の生活は、ますますグローバル化する資本主義のインダストリーと、何億もの「クリエーター」たちが、時事刻々と「創造」する“美”のシミュラークルの楽園となった。
 こうした「社会の全般的美化」という事態に、Artは、自らの延命に必死でただ手を拱いていただけなのだろうか。いや、Artは、そのポストモダニズム=シミュレーショニズム的術策を応用し、その由々しき事態に抵抗しようとしたが、それも束の間、自分もまたいつの間にかそれら無数のクリエーターたちの一人でしかないことを見出すのであった。
 Artは、今や、“美”の氾濫のうちに溶解する。すべてが“美しい”とき、もはやArtはいらない。第四の死。
 こうして、西欧近代が「作りだした」Artは、19世紀末「霊妙なる自律性」の探求の末「第一の死」を迎え、世紀が変わるや否や、Anti-Artという、それまでのArtを否定・破壊する行為自体を作品化するという逆説的営み(「第二の死」)へと「変死」を遂げ、そして世界大戦という物理的災厄を被った後、「モダニズム」という形で「復興」が図られるが、それもつかの間、絶対的「零度」へと葬り去られる(「第三の死」)。しかし、Artは、その「零度」をも、二つの「延命措置」を発明することにより乗り越えようとした、が、その傍らではいつの間にか人々の生活・社会は「全般的に美化」されていて、その“美”の横溢のうちにArtは溶解していった。The End。

(2)「ゾンビ」化したArt:創造性のシミュラークル

 ところが、21世紀の現在、Art市場、なかんずくContemporary Art市場は、異常な活況を見せている。まるで、Artが、かつてないほどに己れの生を謳歌しているかのようなのだ。
 たとえば世界の美術品市場の大手データバンクの一つ、Artpriceの2017年の年次報告書によれば註3、Contemporary Art市場において、2000年からの17年間で売上高は1400%伸び(2000年:1億300万米ドル/2017年:15億8000万ドル)、平均年利率は7.6%増を記録している。その様は、まるで「マイナス金利の広がりが明らかに示している慢性的な金融経済危機」の状況において、Contemporary Art市場を「砂漠のオアシス」に見せているほどだ。
 同報告書は、さらに、2017年のContemporary Art市場が、作品最高額の新記録を打ち立てたことを報告している。これまでContemporary Artの作品で最高額をつけたのは、2013年のジェフ・クーンズの5,840万米ドルであったが、2017年、ジャン=ミシェル・バスキアが1億1,050万米ドルという、初めて一億ドルを超える記録を打ち立てたのだ。(日本のコレクター前澤友作註4が購入した。)
 こうしたアート・マーケットの異常な事態は、何を告げているのか。それは、もはや、Art作品の価値が、ある美的基準に基づいて決定されるのではなく、金融機関による信用貨幣の「無からの創造」を模倣する如く、「無」から「信用創造」されているのではないか、という根源的疑義である。椹木野衣は言う。「いまある市場では、ある作品にまつわる『信用』さえ獲得できれば、それが旧来の水準ではどんなに取るに足りないものであっても、『芸術的な創造性』とはまったく関係なく、高額で売買されるようになったのです。極端な話『まったく取るに足りない絵』の意味が批評的に担保され、市場での注目を集めれば、それが一種のトレンドとなり、爆発的に人気を博する可能性も十分ありえます。流通のメカニズムにとって芸術的な創造性はなんら関係がないのだから、いっそのこと対象はなんでもよいのです。〔…〕こうして、誰でも高名な芸術家になる可能性は現在、かつてなく高まっています。アンディ・ウォーホルが、かつて『誰でも15分は有名になりうる』ということを言いましたが、同様のことは現在、作品の次元でも起こっていると考えることができます。註5
 決して「まったく取るに足りない」画家ではないが、ニューヨークの地下鉄や路上でグラフィティを描いていた一青年が、ウォーホルの制作パートナーにまでなり、27歳で夭折した1988年のオークションでは、高いとはいえ3万5,200米ドルの値がついた作品が、2017年には540万米ドルと、実に153倍の値がつくという事態註6。もちろん、こうした事態が例外的にバスキアだけに起こっている訳ではなく、大なり小なり「売れっ子」のArtistの作品には例外なく起こっている。
 Artの(美的・経済的)価値は、もはや、その卓越した創造性や精神性にあるのではなく、「まったく取るに足りない」「なんでもよい」もの、すなわち「無」から「信用創造」されているのではないだろうか。そして、「無」から「信用創造」された「価値」の幻惑が、人々の目にあたかも卓越した創造性や精神性を具現しているかのように映り、その目眩しが、Artの価値の根源的な無根拠性を隠蔽しているのではないだろうか。
 今や、Art(の価値)は、Art自体のシミュラークルとなった。完全に脱精神化され脱創造性化されて、創造性と精神性のシミュラークルと化した。それが、「ゾンビ」化したArtの正体だ(もちろん、いくつかの例外的作品があることを私も知っている)。
 そうして、おのれ自身のシミュラークルと化したArtの「ゾンビ」が、元々は歴史的にその「鬼子」として誕生したもう一つの「大きな物語」、すなわち資本主義経済の危機を、いわば「買い支えている」状況こそ、アート・マーケットの繁栄であり、「砂漠のオアシス」なのである。
 こうして、神を殺してまで奪った「創造性」は、一方でアート・マーケットの頂点から泡が弾けるように揮発していく。他方で、無数の「クリエーター」たちの「創造」する“美”の氾濫のうちに溶解していく。これが、人類の創造性の末路なのだろうか。

(3)もう一つの創造性へ

 いや、創造性は、人類において、全く別な形を取っていくだろう。それこそ、私(たち)が「藝術2.0」あるいは「GEIJUTSU」と呼ぼうとしている形だ。その人類が未だ十全に知らざる“もう一つの”創造性の輪郭を少しでも明瞭にするために、ここで一本の接線を引いてみたい。本稿で幾度か言及してきた美術批評家、椹木野衣が『反アート入門』の終章(「最後の門 アートの行方」)で展開している論旨である註7。それを私なりに要約してみよう。
 彼もまた、私と同じく、欧米のArtが歴史的に行きづまり危機的状況にあるという認識をもつ。が、日本人は、明治以来、そのArtを何とか自分らの異なった土壌・風土に根付かせようと努め、それなりの生産的な格闘の跡も残したが、結局今に至るまで完全に根付くことはなかった。今さら、所詮はキリスト教に深く根ざしたArtにこれ以上追随することはやめ、「この地にはこの地ならではの、欧米とは別のやり方」「別のアートのあり方」を求めるべきだと言う。
 では、その「別のアートのあり方」とは何か。それはある意味で、ハイデガーが、「ヨーロッパ」を突き抜けて、古代ギリシャ語の「アレーテイア」にまで遡って見出した「真理」の「隠れ・なさ」、すなわち「存在」が自らを隠すことによって自らを顕わすという「隠れ・なさ」を立ち現わすようなアートである。西洋のアートが「表象」に基づいていたのに対し、日本のこれからのアートは、この「隠れ・なさ」、さらに言えばこの国が古来から尊んできた、生々流転する生の「あらわれ」と「消え去り」を表わすようなアートたるべきである
 椹木は、その「あらわれ」と「消え去り」のアートの歴史的参照例として、美術史家矢代幸雄の研究註8を援用しつつ、水墨画における「滲み」「ぼかし」に着目する。墨が紙に滲むとき、画家にすら統御しえない偶然の出来事が生じ、しかもその可能性が無限であるという「自然」の「あらわれ」と「消え去り」をとどめるようなアート。それは畢竟、宇宙の中の「滲み」にすぎない人間の命の現われでもある。
 そんな水墨画が至ろうとする精神的境地こそ、仏教でいう「無色界」であり、故に、水墨画は、墨を惜しむ、「惜墨」を尊ぶ。さらには、一切墨を使わず白紙に、それを称揚する「賛」という文のみ添えた「白紙賛」という極限的表現(?)にまで及ぶ。
 (椹木は続いて、民藝の「見る」こと、「直観」の重視、そして「移動する聖地」としての絵画について論じるが、ここでは紙数の関係で省きたい。)
 そして著者は、やや唐突に、最近よく山に行きたくなると告げる。それは、彼が、秩父という、山に囲まれ、山に行くことが日常の一部であった地に生まれ育ったことにもよるだろうが、同時に、人生も折り返し地点にさしかかり、自らの死、消え去りへの準備の心持ちの現われでもある。しかし、この「山」は、単に物理的なそれではなく、むしろ山が、あの世、冥界、「非・場所」への道程であるがゆえに、「山」へ行きたくなる、と心情を吐露する。
 こうして、自然=山から「あらわれ」、この世に生き、また自然=山へと「消え去って」いく。その命の姿を表わすようなアートがあってもいいのではないか。それこそ、私たちがこれから求めるべき「別なアートのあり方」ではないか。
 しかし、私たちは単に茶や能や書といった伝統芸能に帰るべきではない。「わたしたちは、そういう『山』に至るために、むしろ不自然な動きをしなければならない。昔のように山に行けば、そこでなにかと出会えるとも限らない(結局、山に行かないのは、そのためでしょう)。もっと反自然的な振る舞い、、、、、、、、、を通じて、そこへと至らなければならないのです。そのための技術テクネーが、アートというものなのです。」
 そうした「山」を求める「反自然的な」アートは、「人為にまみれた薄っぺらな、アート」、「現れと消滅のほうに顔を向けた新しい『わるいアート』」ですらある。
 畢竟、私たちには「新しい芸術概念」が必要となる。それは「孤生」のアートとでも言うべきもの。すなわち、「人はみなひとりで生まれひとりで死んでいく」、そうした人間存在の「孤別性」が立ち現れるようなアート。それはまた、「孤生」の現われでありながら、「誰もが参加することができるような、なにか流動的な生そのもののような芸術です。それが日々、日常のものであり、かつ創作者と鑑賞者が交換可能であるような芸術です。文字どおり、それは万人のものです。」
 要約とは、所詮要約しえないものを取りこぼすしかない作業ゆえに、以上の要約もまた、椹木の論旨を到底掬いきれているとはいえないだろうが、とりあえずその論旨を追いながら、今浮かぶことはこんなことだ。
 人はみなひとりで生まれひとりで死んでいく。しかし、私たち一人一人の「孤生」は、同時により大きな〈生〉の流れの一つの「あらわれ」であり、「消え去り」でもある。私たち一人一人の生は、その大いなる〈生〉の「うつわ」、〈生〉がそこに流れこみ、うつろい、互いにうつしあうような、そうした〈生〉の「うつわ」ではないか。そして、その〈生〉は単に私たち人間だけの〈生〉ではなく、この自然、ガイアに生きるすべての生きとし生けるものに流れ、「あらわれ」ては「消え去る」〈生〉ではないか。そんな大いなる〈生〉の流れが、あらわれ、うつろい、うつしあっては、消え去っていく「うつわ」=「孤生」のようなアート(それが「わるい」かどうかは私にはわからないが)、そんなアートが、現実にありうるのだろうか。
 こうして、私たちは再び、藝術2.0へと舞いもどる

(4)発酵文化人類学

 私が、藝術2.0を探しあぐねていたとき、たまたま、いやおそらくは出会うべくして出会った小倉ヒラク著『発酵文化人類学』。そこには、未だ朧な藝術2.0の像に、閃光を放つような文言が、現代的洒脱を装いながら、散りばめられていた。
 彼は、「発酵デザイナー」だ。全国津々浦々、醸造家を訪ね、取材・研究し、そして「手前みそ」づくりなどのワークショップ、イベントをデザインし実践する。
 ワークショップを開くたび、参加者が皆キラキラした笑顔をみせる理由を、彼はこう説明する。「きっと、発酵食品を手づくりする体験のなかには『プロセスの楽しみ』が溢れているのだろう。それをもうちょっと掘り下げてみるに『目新しいこと=サムシング・ニュー』に疲れた人たちが『特別なこと=サムシング・スペシャル』で元気になる、ということなのだと思う。発酵の楽しみの本質は『プロセス』にある。何百年も前から続いている手前みそをやることには『目新しさ』はない。しかし『特別感』がある。大豆や麹をさわって味噌を仕込み、それが熟成していく過程を見守るプロセスにはその人だけが感じる『プロセスに関与する満足感』がある。同じ場所で同じ材料で手前みそを仕込んだとしても、プロセスの中で感じることはそれぞれの人で違う。そして環境によって発酵菌たちの働きが変わっていき、出来上がりにも個性が生まれていく。註9
 この、「サムシング・ニュー主義」から「サムシング・スペシャル」へ。この何気ないカジュアルな一言に、私は、藝術2.0の要諦の一つを直感した。それはいったいどういうことだろうか。
 ここで言われている「サムシング・ニュー主義」とは、要は、絶えず新たなプロダクト、価値を生産し続けなくてはならないという資本主義の宿命であり強迫観念だ。それはまた(小倉自身は言ってはいないが)、資本主義が貨幣的な量的価値の生産に取り憑かれているのに対し、その「鬼子」ともいうべきArtが絶えず「新たな」作品、美的な質的価値を「創造」しなくてはならない、その宿命であり強迫観念でもある。その絶えず、自らにとっての新しい〈外部〉を〈内部〉化しつつ自己差異化し続けなくてはならないArtの「サムシング・ニュー主義」が、数々の「死」を経て、今や霧消しつつあるのは、ここまで見てきた通りだ。
 「サムシング・ニュー主義」から「サムシング・スペシャル」へ。では、私たちは、Artの代わりに、味噌などの発酵食品を手作りすればいいのか。それが、これからの人類の創造性なのか。それが、藝術2.0なのか。
 ある意味、そうとも言えるし、ある意味、そうとも言えない。その両義的含みにこそ、藝術2.0の要諦があるような予感が、私はするのである。
 朧な藝術2.0の像に射す、もう一つの閃光は、例えば、小倉が、発酵という生物学的現象を、(著書のタイトル通り)「文化人類学」的視点から捉え、物語るユニークさ、特に(のちに詳細に検討するが)発酵を、マルセル・モースの「贈与論」などを手がかりに「ギフトエコノミー」として描く、その発想の斬新さだ。以前、「瞑想」と「ギフトエコノミー」を巡って思索した私には註10、藝術2.0についても、とりわけ閃きをもたらす発想であった。
 「サムシング・スペシャル」をめぐる「ギフトエコノミー」。少なくとも、その二つの閃光に導かれて、これから私なりに、藝術2.0の在りかを探索したいが、その前にまず、(私自身発酵の素人なので)発酵を、著者にならっておさらいしてみることにしよう。(と言っても、実は今、書き連ねているこれらの言葉は、「手前みそ」用に醸されている麹の仄かな芳香に包まれているだが……。)
 小倉は、発酵を広義のそれと狭義のそれに分ける。まず、広義の発酵から見てみよう註11
 それは、自然環境にそれこそ星の数ほど存在する微生物のうち、「人間に有用な微生物が働く過程」である。「環境中にいる無数の菌のなかから、人間によくなつき、分解機能によって役立つ物質をつくってくれる『マイメン』をピックアップし、気持ちよく働ける環境を用意する。これが発酵の技術であり、この技術が集積してできるライフスタイルが発酵文化だ。」ということになる。
 著者は、私のような発酵の素人のために、ヨーグルトを例にとってさらに発酵を説明する。ヨーグルトは、牛乳に乳酸菌が取り付いてできる発酵食品である。その化学的プロセスはというと(小倉独特のユーモラスな語り口で)、空中に浮遊する乳酸菌が、牛乳の中にある糖分「グルコース」に引き寄せられ、それを食べて、爽やかな「乳酸」と(乳酸菌のエネルギー源となる)「ATP(アデノシン三リン酸)」というタンパク質に分解する。乳酸は、従って、乳酸菌が糖分を「食べた」後の、いわば「うんち」である。その微生物にとっての「ゴミ」が、人間にとっての「宝物」になる過程、それこそが(広義の)発酵である。
 では、狭義の発酵とは何か。それは「酸素も光も使わずにエネルギーを獲得する過程」である。光合成でエネルギーを得る植物、呼吸でエネルギーを得る動物と並んで、微生物は、光も酸素も使わずにエネルギーを獲得する。その「第三の道」が(狭義の)発酵だ。
 ただ、このエネルギー獲得の「第三の道」は、光合成や呼吸に比べ、効率が悪い。植物や動物がグルコースを限界まで分解し最大限のエネルギーを獲得するのに対し、微生物はグルコースを消化酵素で「ちょっと」分解し「少しばかりの」エネルギーを得た後、中途半端に解体された物質(例えば乳酸)を「ゴミ」として捨ててしまう。
 ところで、先のヨーグルトの発酵過程で生成された「ATP(アデノシン三リン酸)」こそ、微生物を含めた全生物が「生きる」エネルギーの発生装置、「エネルギーの共通通貨」に他ならない。ATPは、アデノシンに三つのリン酸が化合したものだが、その左はじにあるリン酸が「ピンッ!」と外れるときにエネルギーが発生する。全ての生物において、光合成にせよ呼吸にせよ発酵にせよ、このATPの生みだすエネルギーがまさにその生物を「生き」物たらしめる。あらゆる生物の中と間を流れるこのエネルギーの大いなる循環こそ、地球という生態系の「生命の環」に他ならない。
 「エネルギーを使い果たした生物は死ぬ。しかしエネルギー自体は死なない。それはまたATPのかたちを取って、別の生物のもとに渡り、その生物の生きる糧となる。その『エネルギー交換』は、微生物から人間へ、太陽から草へ、草から牛や馬へと種族を超えた『生命の環』を巡り続ける。」
 文化人類学者が描く、腕輪や首飾りといった装飾品が島から島へ、部族から部族へたえまなく贈与されて循環して成り立つコミュニケーションの環「クラ」交易同様、動物・植物・微生物を問わず、あらゆる生物からあらゆる生物へと贈与されて循環する生命エネルギーの環、それこそ、生物たちの「ギフトエコノミー」そのものではないか。
 小倉は、このように、発酵、そして生命を捉えるのである。

(5)不確実性への賭け=遊び

 小倉は、全国津々浦々、醸造家を訪ね歩く。『発酵文化人類学』の「Part 6 発酵的ワークスタイル」では、その中から特に四人の醸造家を挙げて、その発酵文化の「錬菌術」註12に迫っている。秋田県秋田市新政酒造の古関弘、山梨県甲府市五味醤油の五味仁、福岡県糸島市ミツル醤油の城慶典、山梨県甲州市勝沼マルサン葡萄酒の若尾亮。各々、日本酒、味噌、醤油、ワインの醸造家である。その「錬菌術」の詳細は、本書にあたってもらうとして、ここでは、小倉が続いて挙げる彼らの発酵的クリエーションに共通する特徴を追って、藝術2.0にさらに接近する足がかりとしたい。
 ①「手づくり」であること。手づくりであることで、微妙な「クセ」や「揺らぎ」が発生する。そして、作り手がどのような感性や美意識を持っているか伝わりやすくなる。さらに、微生物たちがふるまう「複雑性」を呼び込み、「醸造家が最初にイメージした仕上がりの斜め上に突き抜けられる可能性」が生まれる。「手づくり」は、従って、単なる伝統の「守り」ではなく、むしろ新たな価値観を創りだす「攻め」となる。
 ②四人の醸造家のうち、二人は嗜好品(日本酒とワイン)、他二人は調味料(味噌と醤油)の醸造家だ。同じ発酵食品でも、嗜好品か調味料かで、そのデザイン志向も違ってくる。嗜好品づくりのデザインは、特に「驚き」、絶えずサプライズを生みだすために「変わり続ける」ことが重要。それに対し、調味料のそれは、それが毎日使う「料理の基準点」であるがゆえに「あえて大きく変えない」ことが重要。むしろ「原点回帰」を志向する。だがそれは、単なる伝統の墨守ではない。彼らは、そのプロダクトを提示する「シチュエーション」を革新するため創意工夫を凝らし、歌って踊る手前みそづくりのワークショップなどを企画したりする。
 ③彼らは皆あそび上手である。スケーターであったり、ミュージシャンであったり。だが、それは単に「余技」を楽しんでいるというより、より本質的に彼らにとって「仕事は遊びで、遊びは仕事」というワークスタイル/ライフスタイルでもある。そうして日々、美的センスを磨き、それを自らの発酵プロダクションにも活かす。
 こうして彼らは、「ミクロの自然のなかの不確実性に飛び込んでいく覚悟と喜び」に駆動され、本人たちの意図、計算、予期を超えた「サムシング・スペシャル」の現出を享楽するのである。
 この不確実性、複雑性への賭け=遊びとしてのクリエーションは、先に椹木が「滲み」や「ぼかし」にみた偶然性の「無限」に賭する水墨画のあり様と、響きあわないだろうか。その「無限」から立ち上がる〈自然〉、〈生〉が、画家の思惑を超えて、「あらわれ」ては「消え去る」、「孤生」の表現と木霊しないだろうか。私には、この響きあい、木霊のうちに、藝術2.0の基調音――Artの創造性を超えた、“もう一つの”創造性の基調音が聴きとれるように思うのだ。

(6)OSとしてのアート、そして創造性の「復活」

 「発酵文化人類学」をさらに追って、藝術2.0の基調音を、より精細に聴きとってみよう。
 最終の「Part7」で、小倉は、「ホモ・ファーメンタム(発酵するヒト)」の未来を語るにあたり、クロード・レヴィ=ストロースの「冷たい社会」と「熱い社会」という有名な文明論的二分法に言及する。発酵が、人類の未来に及ぼす影響の両義性を指摘するためだ。すなわち、「オーガニック軸」(冷たい社会の軸)で捉えるならば、発酵は「人間と自然の本来あるべき関係への原点回帰」の象徴であり、逆に「イノベーション軸」(熱い社会の軸)で捉えるならば、「バイオテクノロジーの最前線」のトピックスとなる。その、人類にとっての発酵の未来の二面性については、本書に譲るとして、ここで私は、レヴィ=ストロース(を援用する小倉)の、この文明論的二分法を、やや別様に、藝術2.0の方へと引きつけて改めて考察してみたい。
 まず、レヴィ=ストロースのこの二分法をおさらいしてみよう註13。「冷たい社会」とは、「自ら作り出した制度によって、歴史的要因が社会の安定と連続性に及ぼす影響をほとんど自動的に消去しようとする」社会である。対して、「熱い社会」とは、「歴史的生成を自己のうちに取り込んで、それを発展の原動力とする」社会である。つまり、後者は、今私たちの多くが生きているこの資本主義的社会のように「発展」と「成長」への欲望に駆動された、(小倉流に言えば)「サムシング・ニュー主義」が貫徹された社会である。
 それに対して「冷たい社会」は、「四季の循環、人間の一生の循環、社会集団内の財物と奉仕の交換の循環」といった回帰的連鎖で維持される社会であり、「経済的社会的大変動が生じるような非回帰的事件の連鎖が形成された場合、ただちにそれを破壊」するような社会である。より具体的には、「狩、漁、野生動物の収穫、料理、道具の製作といった日常の仕事〔…〕はすべてトーテム祖先とともに始まったのである。そして、この分野においても、原住民は盲目的に伝統を尊重する。遠い先祖が使っていた原始的な武器を忠実に守っており、それを改良しようなどという考えは、頭に浮かぶことさえ決してない。註14
 結局のところ、「冷たい社会」は、「一つ一つの技術、規則、習慣について」、それらの正当性がただ一つ「御先祖様の教え」に根拠づけられるような社会である。だからそれは、(小倉流に言えば)、発酵文化などの回帰的文化が先祖代々反復的に伝承されてきた社会と言えよう。
 ところで、小倉によれば、「熱い社会」が過熱し暴走気味だからこそ、今日、その下に伏流していた「冷たい社会」に戻ろうとする揺り戻しが生まれている。人類全体(そして小倉自身も)「冷たい社会」と「熱い社会」との間、文明の「オーガニック軸」と「イノベーション軸」との間で絶えず揺れ動いていると言う。
 私は先に、藝術2.0とは、Artの代わりに味噌などの発酵食品を手作りすることかと問い、ある意味でそうとも言えるし、ある意味でそうとも言えない。その両義的含みにこそ、藝術2.0の要諦があるような予感がする、と答えた。まさにそうなのだ。藝術2.0は、「冷たい」クリエーションに根を降ろしながらも、それを単に回帰的に反復するのではなく、それを「熱い」クリエーションによって再デザイン化する技、「オーガニック軸」に沿って原点回帰しつつも、同時に「イノベーション軸」に未来的可能性を開花させるような、いわば「冷たく」も「熱い」、逆説的なクリエーションと言えないだろうか。
 私は今回、小倉の「発酵文化人類学」について論じるに当たって、私自身が抱くいくつかの問いを投げかけるべく、小倉本人へのインタビューを試みた。(その全容は、「PLAY ON」のウェブサイトに公開する。)その中で、小倉は「オペレーティング・システムとしてのアート」という概念を提示する。
 「そういう意味でいうと、アート2.0〔=藝術2.0〕っていうのは、アプリケーションとしてのアートからOSとしてのアートへの変化だと思うんですよ。僕は微生物をやってますけど、オペレーティング・システムとしては、アートとかデザインとかがインストールされていると思うんですよ。で、そういう人が今、増えている。
 今までって、アートがアプリケーションだったから、アートをやっている人以外は、アーティストと名乗れなかった。今は、アートをオペレーティング・システムとしてもっていて、その上で具体的なアウトプットをどうしますかという話になっているので、そこに少し進化があると思う。僕や、僕と同年代の醸造家たちをみると、それがよくわかる。もともとアーティストだった人とか、今もアーティストの人が多いので。」
 ここで小倉の言う「OSとしてのアート」とは何なのか。それは、先の「冷たいクリエーション/熱いクリエーション」という文脈で言えば、冷たいクリエーションを再デザイン化する「熱いクリエーション」の「OS」ということになろう。
 では、それは何なのか。小倉はそれを「アプリケーション」としてのアートと対比的に語っていた。「今までって、アートがアプリケーションだったから、アートをやっている人以外は、アーティストと名乗れなかった。」ここで言う「アート」は、(私がこれまで論じてきた文脈に置き換えれば)西欧近代におけるArtの誕生から四つの「死」を経てきた、Artの絶えざる自己差異化の試み、“新しい”「アプリ」の発明と陳腐化の反復と言えるだろう。それらは、「Art」という欧米近(現)代が作りだした創造性のオペレーティング・システム内で作動する「アプリ」であったろう。小倉がここで言う「OS」とは、だから、この「Art」というOSではない、もう一つ別の、、、、、、OSを意味するはずだ。
 では、それはいったい何なのか。
 私は、先に、人間が神を殺してまで奪った「創造性」が、今や、一方で「ゾンビ」化したアート・マーケットの頂点から揮発し、他方で、無数の「クリエーター」たち(「誰でもピカソ」たち)の「創造」する“美”の氾濫のうちに溶解していき、それが人類の創造性の末路なのかと問うた。
 ところで、日本では、椹木野衣が『日本・現代・美術』以降説いているように註15(そしてその行論を私なりに圧縮すれば)、明治以来、「大きな物語」としてのArtへの(前近代的心性からくる)コンプレックスゆえに、所詮は全く異質な文化的土壌へのその移植・根づかせに執着してきたが、結局は終始、Artの擬態(「芸術」「アート」と呼ばれるもの)をいたずらに反復するしかない「悪い場所」を培ってきたのだった。ところが、20世紀末に至り、デジタル・メディアが急速にパーソナル化されるにつれ、例えば東浩紀が『動物化するポストモダン』で描いたように註16(これまた私なりに圧縮すれば)、日本的「ポストモダン」的主体たちは、速やかに、元々根づきもしなかった(欧米由来の)「大きな物語」へのコンプレックス=執着から、いわば「メディア唯物論」的に解放され、インターネットが無数の情報を編み上げる「大きな非物語」=データベースから勝手気儘にサンプリングし編集する「小さな物語」に生息するようになる。1980年代のバブル時代を通して、世界的に見ても突出した高度消費的シミュラークルの「楽園」だった日本は、その「小さな物語」が繁茂するに格好な土壌であったがゆえに、その「小さなクリエーター」たちは、そのヴァーチャルな「鎖国」的状況の中で、「オタク文化」――その後逆説的に、やはり「大きな物語」の腐臭に嫌気がさしていた欧米の若者たちにまで多大な影響力を及ぼすことになる「オタク文化」を生み出したのだった。
 しかし、そんなヴァーチャルに「鎖国」的な状況に耐え難かった少数の者たちは、「国」を出て、バックパックを背負いながら(「日本」を含めた)地球を放浪する。(「PLAY ON KYOTO」でインタビューした少なからずの者はそうした旅に出た。)そして、ここかしこで遭遇し感動する文化的・美的断片を「狩猟採集」し、意識的に編集、あるいは無意識的に「発酵」するに任せていた。
 そして、「旅」を終えた彼らは、ある「ローカル」な地に身を寄せ、暮らしあるいは働き始める。その「ローカルな地」は、文字通り、どこか地方の里山でもありうるし、あるいはある土着的な環境で「回帰的」に営まれ続けている「冷たいクリエーション」の現場でもありうるだろう。
 彼らが今まで育んできた、自らのうちで「発酵」するに任せてきた新たな「小さな物語」――デジタル・メディアでサンプリングし編集してきた“美”のシミュラークルと、地球のあちらこちらで「リアルに」体験し「狩猟採集」してきた文化的・美的断片(そこにはもちろんArtのそれも入りうる)との奇妙な混成体。この、彼(女)の中でしか特異に編集・発酵しえない、そうした各々に特異な「小さな物語」こそ、小倉が「OSとしてのアート」という言葉で指し示そうとしたものではないだろうか。そうして、特異な「小さな物語」=「OSとしてのアート」をインストールされた「小さなクリエーター」たちが、各々、これまたそれぞれに特異な自然、そこにしかない、、、、、、、生態的環境、生命エネルギーの贈与の環へと入っていき、そこに「御先祖様」から代々「回帰的に」受け継がれてきた「冷たいクリエーション」に出会い、習い、修めていく。その修業の過程で、冷たいクリエーションの「原点回帰」の探究と、熱いクリエーション=「OSとしてのアート」の小さな物語素が、自然の〈生〉の不確定性・「無限」への賭け=遊びの中で、奇しくも特異な「化学反応」を起こしはじめる。そうして、彼(女)らとその環境の一期一会にしかできない「サムシング・スペシャル」が生まれていく。「藝術2.0」が生まれていく。
 Artから霧散したかにみえた「創造性」は、今、幾人かの「小さなクリエーター」たちの中で発酵し、「復活」を遂げる

註1:ジャン=フランソワ・リオタール『ポスト・モダンの条件』、水声社、1989年。
註2:Gianni Vattimo, La fin de la modernité, Paris, Seuil, 1987, pp.55-68.
註3:The Contemporary Art Market Report 2017,
  https://www.artprice.com/artprice-reports/the-contemporary-art-market-report-2017。なお、引用文は、『共同通信PRワイヤー』掲載の同報告書に関する記事からの引用(https://prw.kyodonews.jp/opn/release/201709286225/)。
註4:ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイの代表取締役で現代芸術振興財団の創設者。
註5:椹木野衣『反アート入門』、幻冬舎、2010年、194-195頁。
註6:前掲のArtpriceの2017年年次報告書。
註7:椹木、前掲書、240-305頁。
註8:矢代幸雄『水墨画』、岩波書店、1969年。
註9:小倉ヒラク『発酵文化人類学』、木楽舎、2017年、91-92頁。
註10:熊倉敬聡『瞑想とギフトエコノミー』、サンガ、2014年。
註11:以下、広義と狭義の「発酵」をめぐる論は、小倉の前掲書158-174頁による。
註12:小倉、前掲書、78頁。
註13:クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』、大橋保夫訳、みすず書房、1976年、280-283頁。
註14:T.G.H.Strehlow, Aranda Traditions, Melbourne, 1947, pp.34-35(レヴィ=ストロース、前掲書、282頁から引用)。
註15:椹木野衣『日本・現代・美術』、新潮社、1998年。
註16:東浩紀『動物化するポストモダン』、講談社現代新書、2001年。

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熊倉敬聡(くまくら・たかあき)

1959年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、パリ第7大学博士課程修了(文学博士)。Ours lab. 共同代表。元慶應義塾大学教授、元京都造形芸術大学教授。フランス文学 ・思想、特にステファヌ・マラルメの貨幣思想を研究後、コンテンポラリー・アートやダンスに関する研究・批評・実践等を行う。大学を地域・社会へと開く新しい学び場「三田の家」、社会変革の“道場”こと「Impact Hub Kyoto」などの 立ち上げ・運営に携わる。主な著作に『瞑想とギフトエコノミー』(サンガ)、『汎瞑想』、『美学特殊C』、『脱芸術/脱資本主義論』(以上、慶應義塾大学出版会)などがある。http://ourslab.wixsite.com/ours
タイトル絵:熊倉百香

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