第三回 「ソーシャルデザインのはじめ方」


ソーシャルデザインのための“五つの知恵”

●ソーシャルデザインのための“五つの知恵” ≒ 五智
 (1)「本来のわたし」を表現する知恵 ≒ 大円鏡智
 (2) 秘められた価値に光を当てる知恵 ≒ 平等性智
 (3) 小さな煩悩を大きく育てる知恵 ≒ 妙観察智
 (4) 導かれるままに自ら動く知恵 ≒ 成所作智
 (5) 大いなる源を生きる知恵 ≒ 法界体性智

 前回の最後に、この連載の柱となる「ソーシャルデザインのための“五つの知恵”」をご紹介しました。次回以降、そのひとつひとつを掘り下げていきますが、最初にその概観を示しておきたいと思います。
 まず(1)「本来のわたし」を表現する知恵は、「普段のわたし」とは質の異なる「本来のわたし」という感覚をつかむこと、そして内に秘めた「自分らしさ」を外に向けて表現していく力です。「この世のすべての人は本来そのまま仏であること*」を「本来成仏」と言うように、“本来”という言葉は仏教でもよく使われる言葉です。とはいえ「本来のわたし」であるとは、どういう状態をいうのでしょうか? そして「本来のわたし」かどうかを、私たちはどのように知るのでしょうか?
 例えば「自分に嘘をついている感覚」があるとき、「本来のわたし」ではなく「仮初のわたし」なのかもしれません。あるいは「努力を重ねても望む結果が得られない経験・状況が続いた結果、何をしても無意味だと思うようになり、不快な状態を脱する努力を行わなくなること*」である「学習性無力感」のように、自分の可能性を無意識のうちに閉じ込めてしまって、内発的に行動するエネルギーが失われてしまっているときなども、「仮初のわたし」なのかもしれません。
 そのような「本来のわたし」について思索を深めようとするとき、ヒントとなるのが「ありのままを映し出す知恵」である「大円鏡智」です。今の状況やこれまでのご縁を、鏡にすべてが映り込むように善いも悪いもなくいったん眺めてみる。そうして自分の原点やありたい姿をもとに自分自身のことをメタ認知することが、次なる行動を支える揺るぎない土台となるのです。第四回では、空海自身が「本来のわたし」を求めて、人生の岐路にいくつも涙を流したというエピソードやポジティブ心理学などの知見をもとに、「本来のわたし」を表現するためのアプローチを明らかにしてゆきたいと思います。
 続いて、(2)秘められた価値に光を当てる知恵は、端から見たら「何もない」と思われる状況にあっても、「何かがある」という視点を持つことができる力です。「本来のわたし」と再会することでこれまでにない可能性が開かれていくように、目の前の「本来のわたしたち」、あるいは「本来のこの場所」や「本来のこのとき」の可能性に目を向けたとき、そこに秘められていた、ここにしかないユニークな価値が顕在化してゆくのです。
 そのときにヒントとなるのが、「共通点を見つける知恵」である「平等性智」です。まちづくりの現場に足を運んでみると、それぞれの普段の仕事がバラバラであっても、意見が対立していても、もっと深いところにある「生まれ育った街を元気にしたい」という「ほしい未来」は重なっていた、という光景をよくみかけます。つい私たちは「あの人とは違う」と分け隔てて考えがちですが、その見えない壁は実は幻想かもしれない。そのことにハッと気付くことから、課題の解決に向けた対話がはじまるのです。
 第五回では、そのような表面的な差異の底にある平等性や共通性を発見するための手法である「ホールシステム・アプローチ」に注目します。1980年代から1990年半ばにかけて開発されたホールシステム・アプローチは、組織内の上下関係や部署間の壁を取り払い、できるだけ多くの関係者が集まって話し合うことで、参加者全員がその後のアクションに主体的に取り組むことができる対話の手法で、今やソーシャルデザインの現場に欠かせないツールとして定着しています。特に、誰でも自由に話し合いたいテーマを出すことができる「オープンスペース・テクノロジー」や、ポジティブな問いによって組織やコミュニティの強みを引き出す「アプリシエイティブ・インクワイアリー」などを取り上げながら、それらの手法が開発されるまでの思想的背景と空海の教えとの不思議なシンクロニシティについてもふれていきたいと思います。
 (3)小さな煩悩を大きく育てる知恵は、“煩悩”というキーワードがそのままあるとおり、かなり密教的です。ひとことでいえば、欲望や嫉妬といった煩悩を受け入れ、それらをきっかけに「ほしい未来」というビジョンを描く力です。
 ここで「煩悩ってよくないものなんじゃないの?」と思った方もいるはずです。しかし、空海の教えである真言密教がとてもユニークなのは(そして、それが私が惹かれる最大の理由なのですが)、欲望を肯定しよう、という考え方なのです。どういうことでしょうか?
 もちろん真言密教においても、「自分の利益のための欲望」を意味する「小欲」は否定されます。そこで肯定される欲望とは、「自分の利益から離れた欲望」としての「大欲」であり、それこそがビジョンとしての「ほしい未来」なのです。
 小欲を大欲に昇華させていくためにヒントとなるのが、「相違点を見つける知恵」である「妙観察智」です。誤解のないように気をつけたいのは、ここでいう相違点とは、先ほどの平等性智で実感した共通性の上に見られる、それぞれ発露している表面的な差異であり、それを正しく観察することが大切である、ということです。例えば「カッとしやすい」とか「八方美人」など、ひとりひとりの性格の違いなどもその一例といえるでしょう。
 ところで「カッとしやすい」とは、別の側面からみれば「考えがはっきりしている」ともいえます。あるいは「八方美人」も、「すべての人にやさしい」といえるかもしれません。このようにマイナスとされていることをプラスに捉えることを心理学では「リフレーミング」といいますが、「小さな煩悩を大きく育てる」とは、まさに個々のユニークな煩悩をリフレーミングすることなのです。
 とはいえ「自分自身のことは、自分がよくわからない」ともいいます。リフレーミングを自己完結しようとしても、何だかひとりよがりな感じもします。だからこそ、「本来のわたし」に寄り添ってくれる強い味方である「本来のわたしたち」の支えがあって初めて、それが可能になるのです。
 第六回では心の実体を如実に現そうとした「唯識仏教」において分類されているさまざまな煩悩を紹介しながら、まずは身近な習慣をリデザインする方法を提案し、その小さな克己の一歩から螺旋的に上昇して、大きなビジョンとしての「ほしい未来」を描くためのプロセスを見てゆきたいと思います。
 次の(4)導かれるままに自ら動く知恵は、ひとりよがりにならず仲間と共創しながら、無理のない最適なやり方を発見し、それを忍耐強く実行する力です。というわけで、ここから初めて具体的なアクションの段階になるのですが、もしかしたら遠回りに聞こえてしまった方もいるかもしれません。
 もちろんマイプロジェクトとして小さな実験を繰り返すことはとても大切ですし、行動したからこそ気付くことは多々あります。その上で、利己と利他のバランスがとれた本質的なソーシャルデザインへと発展させていくには、「本来のわたし」と再会し、「本来のわたしたち」を味方にしながら、自分の弱みをリフレーミングしてポジティブに転化した「ほしい未来」を描くことが重要なのではないか、というのが私の仮説なのです。
 そして、ここでヒントとなるのが「実践のもととなる知恵」である「成所作智」です。成所作智とは私たちの五感がもっとも自然に開かれている、つまり豊かな感性をもっている状態のことであり、生きていることの喜びに溢れている状態ともいえます*。自分のためだろうと、他者のためであろうと、いまやっていることが楽しくてしかたがない。あるいは「やらせていただいている」というもっとも深い喜びなのかもしれません。そうした気持ちの充実こそが、粘り強くプロジェクトを続けて、実際に社会にインパクトを生み出していくための必要条件なのです。
 とにかく行動が大事であればこそ、第七回では「自分ひとりでやらなければならない」という思い込みを手放し、自由自在にソーシャルデザインに臨むためのヒントを提示してゆきたいと思います。
 最後に、(5)大いなる源を生きる知恵ですが、これについては残念ながらなかなか言葉では伝えきれません。ヒントとなりそうな「絶対真理の世界を受け取る知恵」である「法界体性智」と言われても、まったくイメージが湧かないでしょう。そこでここでは、ひとつだけキーワードを示しておくに留めたいと思います。それが「0th place」です。
 家庭(1st Place)でも所属先(2nd Place)でもない、"第三の居場所"としての「3rd Place」という言葉は、すっかり定着してきました。義務感からではなく、喜んでやってくる。個人の社会における地位に重きをおかず、何も必要条件や要求がない。このような3rd Placeを持つことは、自分自身を、無意識に縛り付けているものから解放されたり、他者との出会いを通じて自分自身の立ち位置を確認できたり、といった個人的なメリットだけでなく、市民参加の機運を高めるといった社会的なメリットも大きい、とされています。
 一方、私の造語である0th Placeの役割をひとことでいうと、「大自然のように自分自身を包み込んでいる“より大きなもの”とつながる場所」のことです。より正確には、「既につながっているということ、既にたくさんの恵みをいただいているということを、思い出すことができる場所」といえるかもしれません。
 どうして0th Placeが大事かといえば、そのような場所で初めて、日頃の仕事に振り回される「仮初の自分」を脱ぎ捨てて、「本来のわたし」とつながり直すことを可能にするからです。
 ちなみに、これまで見てきた「大円鏡智」「妙観察智」「平等性智」「成所作智」までは「四智」とも呼ばれ、唯識仏教において綿密に体系化されてきた歴史があります。そして、その後に成立した、当時は最先端の仏教だった真言密教になって初めて、四智を総合するもの、中心となるものとして新たに「法界体性智」が置かれたのです。
 「法界体性」とは「全世界、全宇宙」あるいは「全存在の本体」を意味する、とてもスケールの大きな言葉です。それでは、始祖たちはどんな思いで「四」から「五」へと歩みを進めたのでしょうか。そのことを紐解くだけでも重大事ですが、敢えてシンプルにいえば、「四智」も含めて、一切のことを成り立たせている絶対的な大前提としての「大宇宙」という次元を強調したかったのではないでしょうか。
 かつて高野山真言宗元管長・松長有慶猊下は、仏教諸宗が参加した仏教の入門書シリーズ『仏教を生きる』において、真言密教の特徴を端的に表現するために『大宇宙に生きる』というタイトルを選択しました。そのような大宇宙というスケールでいえば、宇宙船から見えた地球に国境がなかったように、私たちはもともとひとつにつながっている、ともいえます。あるいは、太陽の光によって多くの命が育まれているように、たくさんの恵みをすでに受け取っている、ともいえます。
 もちろん言うだけなら容易くとも、そう心から実感することは簡単ではありません。しかし、法界力の自覚があるときの「四智」と、ないときの「四智」とでは、考え方は同じだとしても、浮かび上がってくる現象はまるで変わってくるのではないでしょうか。
 つまり大いなる源を生きる知恵とは、ソーシャルデザインを実践する以前の、そもそもの根源に関わるのであり、本来は五番目ではなく〇番目にあたる知恵なのです。第八回では、その言葉にしにくいことを何とか綴りながら、みなさんにとっての0th Placeを見つめ直すきっかけを提供できたらと思っています。

マイプロジェクトのすすめ


マイプロジェクト → ソーシャルデザイン → ソーシャルイノベーション

 さて、ここで再びソーシャルデザインの話に戻しましょう。
 改めて「ソーシャルデザイン」とは、「社会的な課題の解決と同時に、新たな価値を創出する画期的な仕組みをつくること」でした。では、その最初の一歩を踏み出すためには、どのようにしたらいいのでしょうか? ここでヒントとなるのが、「マイプロジェクト」(以下、「マイプロ」)という考え方です。
 「マイプロ」とはそのまま「My Project(自分のプロジェクト)」のことであり、誰かに頼まれたからではなく、個人的な問題意識をきっかけに自発的にはじめたプロジェクトのことをいいます。もともとは日本における社会起業論の第一人者、慶應義塾大学大学院特別招聘准教授の井上英之さんが開発したプロジェクト型の学びの手法でしたが、昨今では、ソーシャルデザインの甲子園ともいえる「全国高校生マイプロジェクトアワード*」が開催されるなど、「自分発信のプロジェクト」を意味するキーワードとして広く知られるようになりました。
 発起者である井上さんは、マイプロに挑戦する学生に対して、「一番大切なのは“わたし”を主語にすることであり、いきなり社会によいことのために動き出すよりも、自分とつながっている感覚を大切にしよう」というメッセージを伝えています*。「社会」の前に「自分」というと、ちょっと意外に感じるかもしれませんが、先ほどの5つの知恵のところで概観してきたように、その順番こそが肝心であり、何より「ソーシャルデザイン」やその近接領域である「ソーシャルイノベーション」に関する研究結果によって、少しずつ明らかになってきた事実なのです。
 例えば、気鋭のジャーナリストらがまとめた『社会起業家になりたいと思ったら読む本』(ダイヤモンド社)の序文にも、井上さんはこう寄せています。

 この社会に生きるぼくら、ひとりひとりの力や役割は意外と大きくなっている。いまではインターネットという装置もある。社会的な課題は、起業家だけのものではない。もし、もっと新しい集合的なやり方で、それぞれの役割ごと新しくデザインし、世の中の変化をつくれるとしたら? それは、新しい「世界の変え方」なのではないだろうか。
 (…)ぼくらが働くということ、わたしという存在が出会っているものには、意味がある。ここにいる場所から、新しい変化の“火種”を発見することができる。また、その変化に加担する方法も意外とたくさんある。そのことを著者たちは伝えようとしている気がしてならない。

『社会起業家になりたいと思ったら読む本』デービッド・ボーンステイン、p vi-ix

 今や「世界を変えること」は特別な才能を持った“社会起業家”だけのものではありません。「チョウがはねを動かすだけで遠くの気象が変化する」と言われる「バタフライ効果」のように、世界が複雑につながりあい、影響しあっているとすれば(仏教的にいえば、すべてが縁起の理でできているとすれば)、身近な人たちとの些細ないざこざとニュースを賑わすような国と国同士の対立はフラクタル図形のように相似の関係にあるのかもしれません。
 一方、そうであればこそ、私たちの小さな一歩が負の連鎖ではなく正の連鎖の起点になる可能性も十分にあります。その紛れもない事実を強く自覚したとき、私たちは、知らず知らずのうちに地球規模で役割分担をしていることに気が付きます。ひとりひとりの今いる場所が「世界」を代表する現場であり、ひとりひとりのマイプロジェクトこそが、社会のあり方をアップデートしようとする大きな意志の一部であることを直観するのです。
 ちなみに「ソーシャルイノベーション」という言葉を初めて聞いた、という方もたくさんいるかもしれません。その定義も極めて曖昧というのが現状ですが、参考までにふたつほど簡単な説明をご紹介したいと思います。
 ひとつめは『Stanford Social Innovation Review』を創刊するなど、世界のソーシャルイノベーション研究をリードするスタンフォード大学センター・フォー・ソーシャル・イノベーションのものです。

Social innovation is the process of developing and deploying effective solutions to challenging and often systemic social and environmental issues in support of social progress.
拙訳)ソーシャルイノベーションは、社会問題や環境問題といった挑戦的で全体的な課題に役立つ解決策を、社会の進歩とともに開発し、展開するプロセスです。

 もうひとつは、私も理事を務める、未来の潮流から新たなイノベーションを生み出すNPO法人ミラツクのものです。

社会課題が起こった状況に対して、課題の解消と同時に、課題が解消から得た学びを元に新たな未来社会の実現(社会進化)に取り組む行為

 これらの説明をヒントに、何ともこんがらがりそうな「マイプロジェクト」「ソーシャルデザイン」「ソーシャルイノベーション」という3つの概念を、「点」、「線」、「面」、「立体」の例えで整理してみたいと思います。
 いずれも共通するゴールは、顕在化している社会的な課題の解決と同時に、そのような課題そのものが起こらないような社会の仕組みを創造し、新しい当たり前として定着させていくことです。
 その種となるのは、この世界の一部である「わたし」の日頃の気付きや違和感ですが、それらはまだ「点」として独立しています。しかし、ふとしたきっかけで「何とかしたい!」という気持ちに火が付くことがあります。すなわち、「わたし」のなかの「点」と「点」がつながって「線」となったとき、個人的な思いは「マイプロジェクト」として社会へ投企されるのです。
 最初は何より自分のためだったマイプロジェクトは、じわじわと波紋のように広がり、いつの日か意外な他者からも必要とされたり、あるいは自分の予想を超えた新たな可能性を示唆されたりするようになります。そうして少しずつ「線」と「線」が結ばれて「面」となったとき、主語も「わたし」から「わたしたち」へと拡大します。その段階こそが「ソーシャルデザイン」であり、新たな仕組みづくりに向けたさまざまな実験が繰り広げられることになります。
 それに続く「ソーシャルイノベーション」は、「面」と「面」をつないで「立体」にしていく統合的なプロセスといえます。各地でバラバラに行われているソーシャルデザインの取り組みを可視化し、成功だけでなく失敗まで含めて気付きや学びを広く共有し、他の現場に転用したり、掛け合わせてたりしながらソーシャルデザインの底上げを図っていくのです。

マイプロジェクトの公式

 「何とかしたい!」という「わたし」の大きな願い(マイプロジェクト)が共感を呼び、やがて「わたしたち」のアクション(ソーシャルデザイン)となり、結果として社会が変わっていく(ソーシャルイノベーション)。
 そこで京都精華大学人文学部での私の授業でも、ソーシャルデザインの第一歩を踏み出すために、まずは「マイプロジェクトを持つこと」を目標としています。その際に手引としているのが、マイプロジェクトを私なりに解釈してみた以下のシンプルな公式です。

マイプロジェクト = 「わたし」の「好きなこと」 × 「わたし」の「ほしい未来」 × FUN!

 「好きなこと」とは、「情熱を持てること」や「ワクワクすること」であり、「得意なこと」や「簡単にできること」、「人に誉められたことがあること」なども含まれます。
 次の「ほしい未来」とは、「こうなるといいな」という前向きな想像ですが、難しければ「困っていること」や「何とかしたいこと」をひっくり返してみてもいいかもしれません。
 最後に「FUN!」とは、その問題に困っている当事者だけでなく、その問題のことを今まで知らなかった人さえも参加したくなるように、コンセプトやネーミング、ビジュアルデザインなど伝え方や魅せ方を工夫することです。
 そして「わたし」を「わたしたち」に入れ替えてみたものが、ソーシャルデザインの公式となるのです。

ソーシャルデザイン = 「わたしたち」の「好きなこと」 × 「わたしたち」の「ほしい未来」 × FUN!

 ここで、「わたし」の「好きなこと」を見つけるためには、ありのままを映し出す「『本来のわたし』を表現する知恵」が、「わたしたち」の「好きなこと」を共有するためには、共通点を見つける「秘められた価値に光を当てる知恵」が必要となります。そして「わたし」の「ほしい未来」を描くためには、相違点を見つける「小さな煩悩を大きく育てる知恵」が、「わたしたち」の「ほしい未来」を実現するには、実践のもととなる「導かれるままに自ら動く知恵」が必要となります。
 「好きなこと」と「ほしい未来」。「わたし」と「わたしたち」。この二軸を行き来しながら、マイプロジェクトは螺旋上昇を描いてゆきます。一周して終わり、ではなく何周もぐるぐると。「マイプロは行動と観察、学び、振り返りの連続」とは井上さんの言葉ですが、究極的にはそのプロセスを生きること自体が、生きる歓びとなるのです。

4つのシンボルで読み解く

4つのシンボルで読み解く

 次章からいよいよ「ソーシャルデザインの“五つの知恵”」をひとつひとつ眺めていきますが、最後にその方法論についてふれておきたいと思います。それは、曼荼羅に代表される「シンボル化」という、密教ならではのアイデアを取り入れる、ということです。
 曼荼羅とは、「仏の悟りの境地である宇宙の真理を表す方法として、仏・菩薩などを体系的に配列して図示したもの*」です。その溢れんばかりのデザインに圧倒されますが、よくよく見れば表情や手の動き、色や持ち物など一体一体に細やかな特徴があることがわかります。それらは荘厳壮大な経典を象徴する隠然的な記号であり、私たちが経典の内容を理解したり、観想したりするための糸口として機能しているのです。
 このようなシンボル化は経典の中にもみられます。欲望を肯定する経典である『理趣経』では、内容の復習のために、各段の終わりごとに両手で印を結び、その段のすべての教えが含まれているという一字の真言を唱えるシーンが必ず用意されています。体と言葉と心をひとつにすることで、授けられた知恵を理解するだけでなく、より深く感得することができるからです。
 では「ソーシャルデザインの“五つの知恵”」をより立体的に理解できるようにするために、どのような糸口があったらよさそうでしょうか? そこで私から提案したいのが、
「形容詞」「空海ゆかりの言葉」「座右の問い」「おまじない」
 という四種類のシンボルです。
 まずは
「Authentic(本来の)」
「Appreciative(価値を認めて)」
「Mindful(気付いて)」
「Co-Creative(共創的な)」
「Holistic(全体的な)」
 という、英語の「形容詞」です。これらはそれぞれの知恵を備えたときの状態を端的に表現したものであり、最先端のリーダーシップ理論である「U理論」や対話の手法である「ホールシステム・アプローチ」、「強み」や「マインドフルネス」など、「よい生き方」を科学的に研究する「ポジティブ心理学」、画期的なイノベーションを生み出す「デザイン思考」など、ソーシャルデザインに応用されているさまざまな理論や手法からキーワードを抽出してきたものです。ひとつひとつの知恵の名前を思い出せなくとも、この重要な形容詞をまずは覚えていただればと思います。
 次に
「性薫還源」
「医王皆薬」
「大欲清浄」
「方便究竟」
「即身成仏」
という、「空海ゆかりの言葉」です。松長有慶猊下の『大宇宙を生きる』を中心に、『性霊集』『即身成仏義』など弘法大師・空海の代表的な著作や、『大日経』『理趣経』など真言密教の根本経典から引用させていただきました。1200年も前の言葉が現代を生きる私たちにどう響きわたるのか、考えるというよりもまずは感じていただければと思います。
 続いて
「何を手放す?」
「何を深める?」
「何を憂う?」
「何を乗り越える?」
という、「座右の銘」ならぬ「座右の問い」です。これらの問いは、私がソーシャルデザインについての学びの場をデザインする上で土台としているものです。普段は向き合わないだろう極めてシンプルな問いは、問われた側に戸惑いとともに小さな行動を促します。また、時機によって変わっていく答えの軌跡を振り返ることは、「わたし」の成長を実感することにつながります。まずはソーシャルデザインの最初の一歩として、そして、「わたし」を生きる深い旅路の友として、できればスマホではなく白紙とお気に入りのペンとともに、思いをめぐらせてみてください。
 そして最後は
「わたしの仕事は<自分の名前>」
「<いま、この状況>だからこそ、できること」
「<もやもやすること>こそ進むべき道」
「ほしい<実現したいこと>は、つくろう」
「既に<恵まれているもの>を受け取っている」
という「おまじない」です。復習のための一字の真言のように、手軽に唱えるだけでエッセンスを思い出すことができるような、そんなワンフレーズをお贈りできたらと思っています。これらは恥ずかしながら、私自身、毎朝の瞑想で必ず唱えているものですが、何より大切なのは、みなさんが実際に口にしてみてしっくりくるかどうかです。◯◯に好きな言葉を入れるだけでなく、おまじないそのものを発明していただくことももちろん大歓迎です。
 理想の状態を示す「形容詞」、1200年続く教えを伝える「空海ゆかりの言葉」、自らの行動を促す「座右の問い」、口で唱える「おまじない」によって、体と言葉と心がひとつになり、探究が深まっていく。これから続く文章が、そんな菩薩道の一助となれば幸いです。

* コトバンク「本来成仏」より
* コトバンク「学習性無力感」より
* 岡野守也『仏教とアドラー心理学』(佼成出版社)、p.307
* https://myprojects.jp/award/award2017/ 著者も審査員を務める
* デービッド・ボーンステイン『社会起業家になりたいと思ったら読む本』(ダイヤモンド社)、p.ⅴ
* 例えば、フランシス・ウェスリーほか『誰が世界を変えるのか-ソーシャルイノベーションはここから始まる』(英治出版)など
* コトバンク「曼荼羅」より

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兼松佳宏(かねまつ・よしひろ)

勉強家/京都精華大学人文学部 特任講師/「スタディホール」研究者

1979年生まれ。ウェブデザイナーとしてNPO支援に関わりながら、「デザインは世界を変えられる?」をテーマに世界中のデザイナーへのインタビューを連載。その後、ソーシャルデザインのためのヒントを発信するウェブマガジン「greenz.jp」の立ち上げに関わり、10年から15年まで編集長。 2016年、フリーランスの勉強家として独立し、著述家、京都精華大学人文学部特任講師、ひとりで/みんなで勉強する【co-study】のための空間づくりの手法「スタディホール」研究者として、教育分野を中心に活動中。 著書に『ソーシャルデザイン』、『日本をソーシャルデザインする』、連載に「空海とソーシャルデザイン」「学び方のレシピ」など。秋田県出身、京都府在住。一児の父。http://studyhall.jp

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