第十三回 ガラナ


 コカ・コーラという、世界的な飲み物が存在している。知り合いのスペイン人が、「コカ・コーラには、もともとコカインがちょっとだけ入っていたんだ、今は入ってないけど」という。コカインが入っていたはずはあるまい、と、右から左に聞き流したものだ。
 世界に冠たるハードドラッグ、コカイン。あっという間に依存を形成し、人格を破壊する。南米産のコカの実から抽出され、圧倒的な多幸感をもたらし、いったん手を出したものには破滅の道が待っている。おそろしい違法薬物で、世界中がコカインと闘っているが、まだ解決の道は遠い。ブラジルの治安の悪さも、このハードドラッグの取引が背後に密接にからんでいる。アジアでハードドラッグといえば、黄金の三角地帯でできるケシの実を原産とするアヘンのほうが目にすることが多いが、中南米や北米のハードドラッグは、なんといってもコカインであった。ブラジルでは純度の低いクラッキと呼ばれるものまで出回っていて、人生を損なう若者や大人、プロフェッショナルの人数は数知れない。 
 そんなものが清涼飲料水ごときに入っていたことなど、あってなるものかと思ったが、じつは本当に当初はちょっとだけ入っていたのだという。コカインの実ではなくて、コカインの葉でつくったコカ茶の成分。そちらならなるほど、入っていたかもしれない。ボリビア高地に住む人たちは、高山病の予防のために、いまもコカ茶を飲用しており、そちらはコカの実から作られるコカインではないのだ、ということになっている。空気の薄い高地では、コカの葉のお茶を飲むと気持ちがすっきりして、頭もクリアーになるという。そういうものが、もともとコカ・コーラの秘密のレシピの重要な成分だったというのだ。
 だいたいが、もともとアマゾン森林だかどこかに、ひっそりと存在していた幻覚作用を持つ植物。それはおそらくは、そこに住まう人たちに大切に扱われ、先祖とつながる儀式に使われていたものであろう。それを節操なく取り出して、表や裏のマーケットにつなげ、大量生産しているのが現在だ。おそらく森にはわたしたちの知っている、あるいはまだ知らない、数多くのものが存在していて、それらはおそらく、わたしたちの存在をゆるがすような力を持っているにちがいない。

 ブラジルには、アマゾン原産であるという「お茶」を儀礼として使う、二つの宗教集団があると聞いていた。前世をみるという幻覚をおこす「シポ」という植物から作られたお茶が、宗教儀礼に使うということだけを理由に、合法的に使用を許されているのだという。もともとインディオの人たちが、祖先とつながるための儀礼に使ってきたものだ。合法も違法もあるまいと思うが、そこはコカインと同じであろう。もともと儀礼などに使われていたものが、わたしたちの産業消費社会に広がり始めると、節操のない、宗教性などみじんもない、身体的、精神的耽溺におちいってしまうようなことがおこる。規制がかけられるのは、仕方のないことかもしれない。
 しかし、このシポのお茶は、依存性云々の前に、とにかく服用するのが難しい。コカインのような違法薬物のように、鼻から粉を吸ったり、注射したりするのではない。お茶だから、口から飲む。しかしこのお茶がおそろしくまずい。苦くてまずい。まさに、植物性アルカロイドそのものである。実際、宗教儀礼でもなければ、このようなものを口にして呑み込むことはとてもできまい、と思うくらいまずいのである。身体的依存性あるいは精神的依存性については、調査されているようだが、どちらも認められておらず、このお茶を定期的に飲んでいる人の健康被害は報告されていない。だがとにかく、だいたいが、おいしくないし、気持ちもよくならないから、「ああ、あれをまた飲みたい」というような気にならないというところが、重要なポイントのような気がする。
 「サント・ダイメ」という宗教グループと、「ユニオン・ジ・ベジタル」という二つの宗教グループが、このお茶を使う。シポのお茶は強力なアルカロイドであり、幻覚を引き起こすが、この二つのグループの儀礼も、お茶の使い方も、ずいぶんと違うらしく、わたし自身はサント・ダイメの方はまったく分からない。どちらも、誰かに個人的に誘われるくらいしか、そのグループに関わることはないのではないかと思う。ブラジルに十年住んだが、サント・ダイメに関わる人に出会うことはなかった。
 ユニオン・ジ・ベジタルは、医療関係者をはじめ、研究者やいわゆるプロフェッショナルなインテリ階層がけっこう多く関わっていて、統制がとれた、節度あるグループだという印象を持っていた。このグループに宗教的にコミットすることはなかったが、何度か会合に参加したことがある。一緒に住んでいた子どもたちの父親、ブラジル人医師のウォルターの友人に、熱心なユニオン・ジ・ベジタルの実践者がいたのである。
 一ヶ月に一度、週末の夜、ユニオン・ジ・ベジタルのセッションがある。ブラジル北東部セアラ州フォルタレザから、車で一時間くらい走ったところにある海辺の静かな場所、ブラジルの人には「シチオ」と呼ばれるような、誰かの大きな別宅があり、そこで月に一回、セッションが行われている。夜8時から12時くらいまでつづくセッションで、到着すると、緑色のシャツを着た人たちが、穏やかに出迎えてくれる。そのシチオには、別に看板がかけてあるわけでもないし、教会とか宗教的な建物を思わせる雰囲気があるわけでもないので、だれか個人的な紹介なしには、場所もわからないし、それと特定できまい。わたしたちも案内してくれる人に連れられて、ここに来ているのである。
 シポというお茶を飲むことになるのだが、そのお茶はアルカロイドで、ものすごく苦いということが、まず個人的に説明される。催吐作用があり、吐くことも多いし、下痢をしたりもするが、吐くことは「浄化」だから大丈夫だし、自分の身体が思うように動かなければ、周りにいる人が助けてくれるから心配することはない、と言われた。お茶を飲みながら自分の前世を見ることになるので、飲みながら、見ていることについて積極的に話すのはよいことである、というようなことが簡単に説明された。もちろん、こういうことに通訳がつくはずもないので、セッションに出るには、ポルトガル語が理解できることは前提である。
 午後8時、教会の礼拝のような雰囲気の中、「導師」にあたるとおぼしき人が前に出て、セッションをリードし始める。内容はきわめてキリスト教的で、イエスやマリアの名前が出てきたり、聖書っぽい内容でリードされたりする。ユニオン・ジ・ベジタルは、先述したようにもともとブラジル原住民が使っていたシポを媒介として、自らの前世を見るというセッションをやっているわけだから、直接キリスト教と関係があるわけではない。むしろ、そういった「幻覚」を起こすようなものを摂取して前世を見るということ自体、キリスト教の教義と合致するところがあるとは思えない。
 以前にも書いたことがあるが、ノルデステ(ブラジル北東部)のセルタン(内陸部)には、ローマカトリック教会が認知していないような土着の教会もたくさんある。一見、普通の教会で、そのてっぺんには十字架がかざってあり、神父の僧衣もわたしたちの目から見れば、ローマカトリックの僧衣と同じように見えるが、実際は違うらしい。教会の内部には、自分の身体の痛い部分をかたどった人形のようなものがたくさん置いてあって、土着の宗教と混ざり合っていたりするのだ。
 ノルデステには、ウンバンダと呼ばれるアフリカ由来の土着の宗教や、海の女神イエマンジャのお祭りなど伝統的な宗教儀礼も多く残っているが、それらすべて、どこかにキリスト教の影響が垣間見られる。ノルデステはその混在が顕著なところであったが、ポルトガル人入植以来、何百年という時間がすぎ、ブラジル独特の伝統宗教と混ざり合いながら、すでにキリスト教自体がいわゆるカトリックとかプロテスタントといった「正統」なキリスト教だけではない、土着の文化のひとつとなっているというのは、ノルデステに限らぬブラジル全体に広がる雰囲気なのかもしれない。
 ユニオン・ジ・ベジタルのセッションもまた、けっこうキリスト教色の濃いものになっているように見受けられた。夜8時からはじまるセッションでは「導師」が一通りの話をしたあと、椅子に座って聴いていた数十人のメンバーたち一人一人に、シポのお茶が配られる。小さな紙コップに、軽くいっぱい程度のお茶が入っている。キリスト教の聖体拝領のように、行列をして一人ずつ「導師」からお茶をもらい、その場で飲み干す。
 本当にまずい。日本の苦い漢方薬をもっと飲みにくくしたようなものとでも言えようか、とにかく植物性アルカロイドなので、苦い。まずこれを飲み干すことが大変で、飲んでいる途中に吐きそうになるほど、まずい。でも、とにかく飲まねば始まらない。飲んだあとは、自分の席にもどる。飲んでいる最中も気持ちが悪かったが、飲んだあとはもっと気持ちが悪い。周囲にも吐いている人がいる。トイレで吐いたり、バケツをもらってその場で吐いたりしている。吐くことは「浄化」だから、よきこととされているわけだが、ゲーゲー吐くことを、よきこととは思えないようにわたしたちは育っているから、その心理的バリアーも低くはない。
 みんなお茶を飲んだあとは、ほどなく、お茶を飲んだことによって立ち上がるビジョンを、席を立って語ったりするのだけれど、生まれてはじめてこのお茶を飲んだ初心者としては、そんな余裕はない。初めて参加する人は、何人か同性のサポートする先輩が付いてくれて、気分が悪そうならトイレに誘導してくれたり、気持ちを落ち着かせてくれたりする。
 わたし自身、相当、吐いたと思うし、もうとにかく気分が悪いので、それからセッション終了までの4時間、何をしていたのか、よく思い出せない。いろいろなビジョンを見たかと言われたら、たしかに見た。それが薬による幻覚なのか、単に気分が悪いことによる、自らの不安がみせる幻覚なのかよくわからないにせよ、「なんらかの外部の刺激」により、わたしのからだと意識が普段とは違うレベルにあったことはまちがいがない。
 「自分は生まれたくない」と母親のおなかの中で思っている、というビジョンが何回も出てきた。おなかの中は居心地がよくて、まどろんでいて、なんでここからわざわざ寒くて、つらいことがわかっている外に出なければならないのか。生まれたくないなあ、このままがいいなあ、お母さんと一体でいたいなあ、という記憶がありありと思い出された。
 あと、もう一つわたしが見たビジョンは、「海と思われる水面に自分は目から上を出している」というものである。わたしの目は、前方だけではなく、ほとんど360度見えているから、どうやらカメとかイルカの類いなのではないか。カメとかイルカが水面から、目から上だけ出して眺めている、という感じ。
 どこが「前世を見る」なのか。わたしが見たのは出生前の記憶と、カメかイルカどちらにせよ、「人間ではない」ようなものだった。それが「本当」かどうかということは、どちらでもよいのであろう。だいたいが、前世などどのように証明するというのか。夢と現実はどちらが「正しい」ものなのか。近代的解釈で答えが出るはずもない。わたしはアマゾンのお茶シポを飲んで、合法的宗教組織の中で、周囲の人に助けられながら、なんとか、吐きながらもセッションについていった。それが「正しい前世」だったのか、そうではないのか、カメやイルカとわたしの前世がどのように関係があるのか、その時のわたしには、もちろんなにもわかってはいなかった。
 夜の12時にセッションが終わると、外に出る。ブラジルの「シチオ」というのはかならず、けっこう大きな家があって広大な庭がある。月明かりの中、大きなテーブルが置かれていて、そこにみんなで持ちよった食べ物が置かれ、食事となる。週末の夜更け、緑の服を着た人たちが親しげに談笑しながら食事をしている風景は、なんだかとても不思議だった。
 わたしはさんざん吐いたあとなので、けっこうげっそりしていたけれども、周囲の人たちが、「大丈夫よ、これは必要なことだから」と言ってくれていたので、その言葉にも助けられて、けっこうすっきりしていた。まあ、だいたい、わたしたちは食べ過ぎているので、吐いたり下したりしたあとは、げっそりするものの、すっきりするものなのだ。
 食事をとっている中には、緑色の貫頭衣のようなシャツを着ている人たちと、わたしたちのような普通の服を着ている人たちが混じり合っている。わたしたちをこの場に連れてきてくれた医師と大学教員のカップルは、ふたりとも緑の服を着ている。緑の服をきている人たちが、いわば、ユニオン・ジ・ベジタルのソシオ、つまりは「会員」あるいは「信者」であり、普通の服を着ている人たちが、一般の、わたしたちのように信者に信頼されて、いわば「布教」のために連れてこられた人たちである。
 「布教」というと、なるべくたくさんの信者を増やしたいという趣きがあるけれど、じつはそういうことは全く感じなくて、むしろ、「わかってくれそうな人、こういうことを求めている人を連れてきたらいい」というような雰囲気があった。だいたい、セッション自体とても穏やかで、かつ、それぞれの前世とか、気になっていることが露わになるような、パーソナルなものになるし、近所に家もないような、街から遠くはなれたところでセッションをやっているのだから、信頼できない人を連れてくることは、それでなくても治安の悪いブラジルなので、あまりすすめられることではないのだろう。
 一緒に参加したパートナーのウォルターと、連れてきてくれたカップルの四人で穏やかに話をして、食事をして、夜が明ける前に車でセッションの場所をあとにして、たしか明け方3時か4時ごろ家に帰ったと思う。車の中でわたしたちはあまり話すことがなかった。ウォルターは吐いていなかったというが、とくにビジョンらしいビジョンも見なかったらしい。
 お茶はまずくて、セッションはつらかったが、それでもそのあと、わたしはもう一度セッションに行った。まだ子どもたちも小さくて、いくらお手伝いさんがいてくれるとはいえ、週末の夜に親が家をあけることはとても気になっていたので、わたしは結局、二度しか行かなかった。ウォルターはそのあと何度かセッションに参加したが、5回目くらいのときに、「信じますか?」というような質問をされたという。
 要するに、このユニオン・ジ・ベジタルという「宗教」の「信徒」となるか、と聞かれたのだ。そうなれば、緑の服をきて、こちらがリードする側に立つようになるということだろう。ウォルターは唯物論者で社会主義者で、スピリチュアルな人でも宗教的な人でもなかったから、信徒になる気はない、と答えたらしい。スピリチュアルな人でも宗教的な人でもないのに、そもそも、なぜそういうセッションに行くことになるのかというのは、不思議な話のように聞こえるが、ブラジルでは、そういうことはよくあるから、としか言いようがない。
 ウォルターが「信徒にならない」と言ったので、わたしたちはもう二度とユニオン・ジ・ベジタルのセッションに行くことはなかった。わたしたちをそこに連れて行ってくれたカップルとの付き合い自体は、セッションなしに、それなりに続いたが、そのうちだんだん会うことがなくなった。
 ユニオン・ジ・ベジタルには、このカップルのような中産階級、高学歴でインテリ階層の人たちが多いようで、雰囲気はおだやかだったし、強要する雰囲気もなかった。そのあと科学的な調査もされたようだが、シポ自体に、コカインのような身体依存性、精神依存性があるわけではないことはすでに述べた。よって、「金や暴力」につながることもなく、特に幻覚剤として問題があるようでもなかった。
 アマゾン原産のお茶を媒介として、よりよき人間になっていくという集まり、という印象が残る。そういう意味では、「幻覚を引き起こすお茶」を飲むということをセッションの真ん中に置いているだけで、ユニオン・ジ・ベジタルは、他の宗教団体とさほど変わったところがあるわけではない。精神性と、大いなるものへの敬意を抱きながら、この世をよりよく生きていくためのよすがとなる、そんな「宗教」であるようだ。
 わたしがユニオン・ジ・ベジタルのセッションに行かなくなったのは、そのこと自体を信じたくないというよりも、小さな子どもをお手伝いさんに預けて週末の夜に出かけることがいやだったからだ。アマゾンのお茶、シポ(ペルーあたりで「アヤワスカ」と呼ばれているものと同じらしい)に導かれる世界は、人間の根源を見ていたインディオの人たちの知恵につながるところがあるように思えて、興味はとてもあった。
 あのまま、わたしがあのセッションに行き続けて、「信じますか?」と聞かれて、「はい」と答えれば、わたしもまた緑のシャツを身に着けて、ブラジルに残り、よりよき精神性を目指す生活をしていく日々につながっていたかもしれないし、日本になど帰る気も起こさなかったかもしれない。それはいま考えても、悪くない道のひとつであったように感じられる。ブラジルにいると、こういう世界への扉は、いくつもそう悪くない形で開かれていて、それが本当に身近に存在しているのである。

 ところで、じつは「シポ」ではなくて、「ガラナ」のことを書きたかったのだ。世界に広がるコカ・コーラである。骨が溶けるとか、からだに悪いとか、それはもういろいろなことを言われながら、世界中で愛飲されているアメリカの象徴、コカ・コーラ。
 このコカ・コーラは、ブラジルでは「コカ」と呼ばれて、やはり愛されている。アルコールの入っていないソフトドリンクで、しかもジュースではない炭酸飲料のことを、ブラジルでは「リフリジャランチ」(refregerante)という。ブラジルの地方によっては、このリフリジャランチのことを「リフリ」と呼んでいるところもあるらしい。
 なんといっても、このリフリジャランチの代表格はやはり「コカ」なのだが、しかし、ブラジルにはこのアメリカのシンボル、コカ・コーラと並んで大人気の国産リフリジャランチがあり、それが「ガラナ」である。ブラーマとアンタークチカという二大メーカーがあって、どちらのメーカーのものも単に「ガラナ」という。コカ・コーラは黒っぽい色をしているが、このガラナは透明な黄金色のシュワシュワした炭酸飲料である。
 子どももおとなも、「ガラナ」が大好きだ。子どもの誕生日パーティーは「コカ」と「ガラナ」がないと始まらない。レストランで食事をするときも、アルコールを飲まない人は、まず、「コカ」か「ガラナ」を頼んでいる。わが家では、わたしが日本的文化背景から食卓に清涼飲料水がのぼることを容認できなかったため、食事時に「コカ」も「ガラナ」もテーブルには置かなかった。
 だから、サンパウロからウォルターの親戚がやってくると、かならず食事のたびに、「リフリジャランチ、ないの?」、「えー、ないの? なんで?」と聞かれた。こんなに水代わりに清涼飲料水を飲んでいると、ホントにからだに良くないし、砂糖のとりすぎで太ってしまうよと言うと、義理の姉などは「あら、ディエッタ(dieta:つまりはダイエットコークなど)なら大丈夫よ」などと言っていたものである。
 つまりはブラジルでは、コカ・コーラあるところには、かならず国産のガラナもある。味は、まあ、おいしい。コカ・コーラと比べると、カラメルっぽい味があまりしなくて、サイダーに近い味といえようか。独特の風味というのは、あるようで、ない。こう考えてみても、どんな味だったのかよく思い出せない。しかし、ブラジル行きのフライトに乗れば、やはり「ガラナ」を頼んでみたいと思うし、ブラジルのパーティーで、「コカ? ガラナ?」と聞かれれば、「ガラナ」と答えたいと思う程度の、よき記憶とつながる飲み物である。
 「ガラナ」は、もともとコカ・コーラにコカの葉が入っていたのと同じように、アマゾン原産の赤い木の実、ガラナが入っているのだという。ガラナの実には、科学的にはカフェインとタンニンが含まれているそうだから、覚醒作用があるといえよう。リフリジャランチとしてのガラナに、実際にガラナの成分が入っているのかどうかはよく知らない。コカ・コーラと同じように、昔はちょっと入っていたけれど、いまはまったく入っていないということかもしれない。しかし、もともとのガラナ自体は、アマゾンやパンタナルに行くと、リフリジャランチとしてではなくて、「元気が出る飲み物」として、コーヒーのように飲用されていた。粉になっている灰色のガラナを盃[さかずき]のような小さなカップに入れ、砂糖とお湯を混ぜて、濃いココアのような感じで飲む。
 アマゾン森林は日本でもよく知られていると思うが、パンタナルという大湿原の方は、ブラジル好きか、自然が好きな人にしか知られていないかもしれない。しかしながら、たとえば日本でイメージする「アマゾンで見られるであろう鳥や動物」の多くはパンタナルでも見られる。「アララ」というオウム(本当に鳴き声は「アララ」という)や、「トゥカノ」というオオハシや、ワニやピラニア、ヒョウやピンクのイルカに、ナマケモノなど。そういった動物の多くはもちろん場所によるとは思うけれど、むしろパンタナルのほうが頻繁に見られたりする。
 パンタナルには、パンタナル湿原に住み、牧畜や農業に従事しながらパンタナルとともに生きている、「パンタネイロ」と呼ばれる人たちがいるのだが(インディオのような伝統的様式で暮らしているわけではない人たちである)、そういう人たちは、仕事の合間にコーヒーを飲むように、このガラナを飲む。盃一杯の甘いガラナをひんぱんに飲んでいると、特におなかも空かず、午前中しっかり働けるのだという。
 すでに粉になったガラナも見たし、黒っぽい棒状に固められた樹脂のかたまりのようなガラナも見た。これはなんというか、あえていえば、イメージとしては沖縄の公設市場で売っているイラブー、つまりウミヘビを干してかちかちにして真っ黒になっているものと似ている。イラブーの話などすると、よけいイメージが混乱するかもしれないが、とにかく真っ黒で固くて乾いている棒のようなもの、それがガラナのかたまりだ。それを、アマゾンやパンタナルでは、大きな淡水魚「ピラルクー」の舌を乾かして作った「おろし器」で、粉にするのだという。セアラ州のわが家には、そのガラナの真っ黒いかたまりも、ピラルクーの舌の「おろしがね」も、どちらもあった。
 ピラルクーとは、アマゾン川などに住む世界最大の淡水魚で、生きた化石とも言われている。体長は2、3メートルにもなり、大きいものだと4、5メートルもあるとか。アマゾンやパンタナルのレストランでは、ピラルクーはふつうに揚げたり焼いたりして、料理として供されていたから、わたしも食べた覚えがある。淡水魚といっても、臭みもなく、さっぱりした魚だったと記憶している。いま調べてみるとワシントン条約による保護動物らしいが、なぜレストランで普通に食べられたのかよくわからない。今も食べられるのか、そのあたりはさだかではない。
 ピラルクーの姿自体も、ああ、あれね、顔が扁平で、とがった感じで、しっぽの方がポテッとした形の、いわゆる「お魚」の流線型ではない形状で、しっぽの方に向かうほど赤っぽい色をしている……という感じで思い出すことができるのは、ピラルクーがけっこう水槽に入って、そこかしこにいたからではないかと思われる。決して水族館だけではない。その鱗は大きくて、ざらざらしていて、乾かして爪ヤスリとして使われると言われていて、実際に使ってみると、なかなか良い感じ。
 そしてその舌は、「おろし器」として使えるくらい、乾かすと、固くてざらざらしているのである。ブラジルで十年暮らして、日本には大したものは持って帰らなかったが、あのガラナの黒い棒と、ピラルクーの舌の「おろしがね」は、持って帰ってくるべきだった。惜しいことをした。あれこそ、ブラジルを代表するものであったかもしれなかったのに。
 ピラルクーのうろこの爪ヤスリも、やわらかくて、使いやすくて、本当によいものだった。爪の手入れというのは、ブラジルではとっても大事なことだったのだ。男も女も、手や爪をとてもきれいにしている。
 ブラジル女性は、本当に化粧は薄くて、ファンデーションなどを使っている女性をほとんど見たことがない。口紅とアイメークなどのポイントメークをする人はあるが、おおげさな化粧はせず、本当にナチュラルメークの感じである。これが隣国コロンビアなどに行くとずいぶん違って、お化粧も濃いから、このブラジルの自然な感じは本当に好ましかった。
 化粧はほとんどしなくて、「すっぴん」で、人前に出てもいいのに、マニキュアをしていない手を人前に出すことは恥ずかしい、と考えている人たちだった。女性たちはほとんど全員、社会階層にかかわらず、マニキュアをしている。しかも、日本の多くの女性たちがやっていたように、自分でやるんじゃなくて、誰かにやってもらうのである。誰かというのも、単に他の人というのではなくて、プロのネイリストにやってもらう。
 日本でも最近は、ネイリストが増えてきて、ネイルサロンもそこここにあるが、だいたいやっているのはジェルネイルと呼ばれるデコレーションの多いネイルで、持ちはよいとはいえ、ジェルは高価だからとてもお金がかかる。ブラジルのネイルは、お金のある人にはある人なりの、ない人にはない人なりの値段設定があって、はっきりいって安かった。ファヴェーラに住んでいる人も、近所のネイリストにネイルしてもらうのだ。
 「ネイル」は「お手伝いさん」や「掃除婦」をしていた人が、「手に職」として最初につけられるような技術なのである。ちょっとしたコースを受ければできるようになるし、少しできれば、周囲に需要があるし、腕が上がればけっこう稼げる。よい「職」なのである。
 ふつうは、美容院に行ってネイルをしてもらう。最近流行の持ちのよい高価なジェルネイルではなくて、ふつうのマニキュアだから、一週間に一度くらいはやってもらう必要がある。結果として、毎週美容院に行って手の手入れをしてマニキュアをしてもらうのが、ブラジル的たしなみなのであった。
 男性もしょっちゅう手の手入れをしてもらったり、透明なネイルをしてもらったりしていて、ブラジル的マッチョとネイルは矛盾がない。手と爪のきれいな男は、これまた、好ましいものだ。女性たちも、化粧はしなくても、指先はきれいでなければならない。爪ヤスリはブラジル生活に必須のアイテムであり、このピラルクーの爪ヤスリは、とてもよきものであったのだ。
 アマゾン川やパンタナル湿原には、ピラルクーのような大きな魚だけではなくて、ピラニアとかパクーと呼ばれる手の平よりちょっと大きいくらいの、手頃な大きさの魚もたくさんいた。ピラニアは、「人食い魚」としてあまりにも有名だが、白身のけっこうおいしい魚である。簡単に釣れ、油で揚げたり、お汁にしたりして、食べる。ブラジルの日本料理屋では刺身にして出すところもあると聞いたが、わたしはそんな日本料理屋に行ったことがないので、生で口にしたことはない。あくまで、揚げ物であり汁物であった。
 ピラニアは釣り上げたときに船の上でも噛みつくから、十分に注意しないといけないが、パクーという魚はわたしのような釣りの素人には、ピラニアと同じ魚にみえるほどに似ている。しかしピラニアほどかみつかないので、やや安心して釣りあげられる。こちらも揚げたり、お汁にしたりする。わたしはピラニアよりパクーの方がずっとおいしいと思う。
 ブラジルでは、魚は油で揚げるか、汁にする。あるいは、日系人なら刺身。これはじつは沖縄の魚の食べ方と全く同じである。沖縄では魚を煮付けたり、酢でしめたり、焼き魚にしたり、という食べ方はない。いや、あるかもしれないけれど、ポピュラーではない。まずは刺身にして食べ、天ぷらにして食べ、汁にして食べる。天ぷらといっても、日本料理店で出てくる衣の薄いからっと揚げた天ぷらというのとは違って、魚を四角い切り身にして、分厚い衣をつけて、しっかり揚げて、重箱にでも入れる、「大天ぷら」(ウフテンプラ)である。あるいは、アバサー汁などのように、汁ものにする。
 アマゾンの魚と沖縄の魚が同じように料理されていることは、何の関係もなくはなくて、人間の古層にちょっとだけつながっているのではないか、と思わせられる。そういえば、沖縄にもまた、近代の矛盾とともに、不可思議な世界と精神性の高い出来事の扉がどこにでも開いていた。沖縄の公設市場で「外国に行くからおみやげがほしい」と言えば、「ブラジル?」と聞かれるほどに、ブラジルは沖縄の人にとって、門中の誰かが移住しているほどに、馴染みのあるところでもあるらしい。グローバリゼーションなどという表向きの経済活動などとは関係のないところで、世界は静かにつながっているようでもある。

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三砂ちづる

1958年、山口県生まれ、兵庫県西宮市で育つ。京都薬科大学卒業。現在、津田塾大学国際関係学科教授。ロンドン大学PhD(疫学)。専門は疫学、母子保健。
著書に『オニババ化する女たち』(光文社新書)、『月の小屋』(毎日新聞社)、『不機嫌な夫婦』(朝日新書)、『きものは、からだにとてもいい』(講談社+α文庫)、『太陽と月の物語』(春秋社)、『五感を育てる おむつなし育児』(主婦の友社)、『女を生きる覚悟』(KADOKAWA 中経出版)、共著に、よしもとばななとの『女子の遺伝子』、渡辺京二との『女子学生、渡辺京二に会いに行く』(以上、亜紀書房)、内田樹との『身体知―身体が教えてくれること』(バジリコ)、訳書に、パウロ・フレイレ『新訳 被抑圧者の教育学』(亜紀書房)、編著に『赤ちゃんにおむつはいらない』(勁草書房)などがある。

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