特別編1 トランプが「キングコング」になりおおせるまで


(ドナルド・トランプについては以前に1度とりあげたが、失言・暴言を連発して人々の眉をひそめさせ、所詮は注目を浴びたいためだけに出馬した泡沫候補と目されながら、あれよあれよというまに正式な共和党代表の大統領候補に選ばれてしまった。しかしその後も失言・暴言はやむ気配もなく、連日メディアを賑わせている。トランプとははたして何者か? アメリカ大統領選史上例のない現在進行形のドタバタぶりと、トランプを生み出したアメリカ社会の危機をお伝えするため、急遽、トランプにスポットライトをあてたアメリカ的人間・特別編を2回にわけてお送りする。)

●「ユア・ファイアド」とコブラ●

「トランプは共和党のキングコングだ。彼が歩けば世界がガタガタ揺れる」(スコット・A・リード/合衆国商工会議所上級政治戦略家)。リードは、トランプが自分の身に起きた驚天動地の運命を理解していないと嘆く。

とはいえ、リードの比喩はインパクトを持つ。エンパイア・ステイトビルの最上階に後脚をひっかけて上体を支え、襲いかかる戦闘機を引っ掴んで暴れるキングコングの、おなじみの画像は、共和党の統制など屁の河童、暴れまわるトランプの奇怪な姿を的確に要約している。

7月19日開始の共和党大会も、反対派の抵抗は意気阻喪に終わり、共和党はこの異常人格者をついに党候補に選んだ――史上、この前例に最も近いのは、第7代大統領アンドルー・ジャクスンである。彼を当選させたアメリカ人は、それまでとは全く異質な支持層だった。ジャクスンの祝賀会に押し寄せた彼らは、祝い酒で泥酔のあまり器物損壊、窓から出入りの狼藉三昧、肝心のジャクスン自身奥へ引っ込み、上流層の客たちも怯えて逃げ出した。これぞまさしくポピュリズムを絵に描いた光景で、トランプ支持層の白人ブルーカラーすら同席を拒否したかもしれない。

ジャクスンとこれらの支持層の多くは、アメリカ移住後、アイルランド・カトリック移民らと自らを区別すべく「スコッチ=アイリッシュ(S=I)」と自称した。自分らは、アイルランド系と同じくケルトなのに長老派というプロテスタント、同一民族のケルトながら、カトリックのアイルランド系とは近親憎悪の関係にあった。

S=Iは、今日の北アイルランドからの移民である。エリザベス1世が奪った北アイルランドへスコットランドから入植したS=Iは、征服され、反抗を繰り返すアイルランド・カトリックと、同じケルト同士で殺し合い、これが実に20世紀末まで続いた。

S=Iは喧嘩っ速く野蛮で、この激しさゆえに米大統領を最も量産してきた。近年ではレーガンである。オバマの実母にも、このS=Iの血が流れていた。大統領以外で日本人におなじみのS=Iは、ジョン・ウェインだった。トランプの母親はスコットランド系だった。(S=Iについては拙著『アメリカを動かすスコッチ=アイリッシュ――21人の大統領と「茶会派」を生み出した民族集団』(明石書店)を参照)。

さて、キングコング化へのトランプ側の要因は、彼のリアリティショウ番組「アプレンティス(見習い)」での自画像の普及も一役買った。自社の採用面接で見習いに面接したトランプが最後に「ユア・ファイアド!(首だ)」と引導を渡す。かりに彼自身がホワイトハウス入りした場合、そのでたらめな仕事ぶりを議会に弾劾されて、大統領としての彼自身が「ユア・ファイアド!」と引導を渡される場面とダブルのだが。とにかく、この番組は2004年以来、浮き沈みを経つつ実に11年続いてきた。引導を渡すとき、トランプは人指し指を立てた右手を大きく振るので、この手と腕の動きがコブラに譬えられている。彼が大統領選に出ている間は、アーノルド・シュウォーツネガーが代行する予定。

リアリティ・ショウは奇麗事では番組の寿命が持たないので、いかがわしい演出が不可欠であり、大統領予備選でトランプがジェブ・ブッシュその他の本命候補を含む18名を片っ端から撃退できたのも、このショウで鍛えておいた成果だった。俗に言う「がき大将戦法」である。

この番組でも誇張は相変わらずで、トランプはワン・ショー5万ドルを600万ドルに値上げを要求、11年間に2億1300万ドル稼いだと言いふらすが、番組側は諸費とスポンサー側の支払いも含めて1億ドルと回答。値上げを強制するトランプに局側は、「番組で得したか?」と確かめ、相手がイエスと答えると、「なら、あんたこそうちに支払ってくれよ」と切り返された。

つまり、トランプの生来の虚言癖が、この番組の本質と合致していたことになる。トランプは「講演料で100万ドルもらった」とラリー・キングに告げたが、実は40万ドルだった。2004年時点での自己資産35億ドルと回答、実はその四半分だった。彼自身はこの虚言を「本当らしく見える誇張」と称している。虚言だという認識は存在しているのかと思うと、彼はこれを「無邪気な誇張」と言い換える。

筆者の人生に登場した虚言癖の権化たちは、状況を自分に有利に展開すべく、ここぞという時には「虚言」をかますのだが、深謀遠慮の挙げ句というより、衝動的に虚言が飛び出してくるとしか思えなかった。「正直は最良の策」という普通の人間の戦略は、彼らを縛ることはなかった。それでも、彼らはそれなりに職場での存在理由を確保すべく、嘘こき放しのトランプよりは子分である同僚仲間を飲み屋に誘った。そこで正論派だったわれわれを「陰謀集団」とこき下ろしたのである。

●「アテンション・スパン0」とナルシズムの合体●

ところが、トランプは嘘を垂れ流し、みごと虚言の引責を免れ、危ういとみると訴訟で反撃した。不法移民攻撃は、今回彼の錦の御旗だが、ポーランド系の不法移民を使ってマンハッタン都心の百貨店の取り壊しをやらせた(都心百貨店の衰退はニューヨークが最も早く、郊外の巨大ショッピングモールに取って代わられた。1990年代、生き延びていたメイシーズ百貨店の商品陳列の杜撰さには、筆者も唖然とさせられた)。

そのときトランプは、不法移民の足元を見て時給4ドル、1日12時間、1週間7日働かせたあげく、労賃をつり下げた。移民らが決死の思いで訴訟を起こすと、トランプは彼らの雇用は知らなかったと白を切り(取り壊し工事の陣頭指揮を取っていたにもかかわらず)、1991年、連邦判事はトランプに不法移民側に対して32万5415ドルの支払いを命じる判決を下した(珍しく因果応報の報いを受けた)。

ちなみに、米墨国境の大半にはすでに「壁」は高さ21フィート、18フィートと高低継ぎ接ぎながら築かれていて、何ら効果を発揮していない。不法移民よりも米へ麻薬を運び込む業者のほうが荒々しく、自分の牧場内で彼らに出くわすと、牧場主らは「アディオス」と挨拶しないと、殺されかねない。しかも2000年以降、不法移民は激減している(とはいえ、2015年度の逮捕数は6万4000弱。それでも、2001年はこの10倍だった!)。それでも、牧場主らはトランプの「壁」を嘲笑いながらも共和党支持で、ヒラリー・クリントンが勝てば、「オーストラリアへ逃げ出す」と言う牧場主もいる。彼の牧場は、何と1万6000エーカー、国境の一部だけでも10マイルに達する。しかし、不法移民はボートで流れ着くしかない「島大陸」のオーストラリアでなら気楽だろうし、もっと広大な面積が得られるかもしれない。四国くらいの牧場はザラで、筆者は走り抜けるのに500キロ弱かかった牧場もあった(1軒の牧場である。東京・神奈川・静岡・愛知に匹敵)。

トランプは、ゴーストライターですら、訴えた。『トランプ・ネイション――ドナルドであるための技』(1987年)のライターが、幾多の言いがかりで裁判沙汰にされたが、訴因はこの本のおかげで幾多の商談がパーになったというのもので、判事が商談相手を名指せというと、トランプは「思い出せない」と答えた。さらにはこの本のせいでロシアとトルコとポーランドの投資家とのホテル計画がフイになったと言い張ったが、これも名指しできず――3国とも1人も名指せず仕舞い。当然、控訴は棄却とななったが、成算よりも衝動という点では、虚言癖の本質に叶っている。

このライター、トニー・シュウォーツの指摘で非常に興味深いのは、トランプは「アテンション・スパン(注意持続時間)が0」であることだ。取材を入れて18か月かけたシュウォーツの原稿にも碌に目を通せないのである――読書という忍耐に耐えられないのだ(もっとも、前述の筆者の虚言癖同僚は、文献の読み抜きと論文執筆はやれたはずで、学会では生き延びていたから、彼のほうがトランプよりははるかにましだったことになる。前述の「本当らしく見える誇張」は、シュウォーツが使った言葉だったが、トランプは「あの本は全部おれが書いた」と言い張った。「本当らしく見える」誇張ではなく、りっぱな詐欺である。

「アテンション・スパン0」とは、要するに、相手の言い分に耳を貸せないのだ。他方、世間の注目を浴びることには病的に執着するから、本連載の既掲載のトランプの回で触れたナルシストの病理の精髄である。「アテンション・スパン0」とナルシズムがぎくしゃくと合体して起きる、この「跛行現象」は、虚言癖の最大の病因で、虚言だとの認識さえなくなる。

要するに、脱線の連続となるので、結婚式での酔どれ祝辞と同じになる。副大統領候補マイク・ペンス(インディアナ州知事)の紹介という重要なシーンでも、脱線しては危うく紹介に戻りを繰り返し、脱線はヒラリー・クリントン攻撃、「ブレクシト(英のEU離脱)」賛成、本業であるホテル業の自慢と際限もなく繰り返され、ペンスはまさに「1ペンス並の扱い」という屈辱の果てに、「紹介」を終えたトランプはペンスをほったらかしてさっさと舞台の袖に引っ込んだ。普通は、自分が選んだ副大統領候補を惚れ惚れと眺める演技が礼法である。

両党の党大会での指名受諾演説には、当然、詳細な「ファクト・チェック」が入ったが、ヒラリー・クリントンは正確、トランプは虚実斑模様が大半だった。後者の記事は、問題は彼よりも彼を真に受ける手合いと、はなからヒラリーが気に食わない手合いの双方に、この贋発言が受けることにあると分からせてくれる。例えば、連邦法では国務長官が公私両用メイルを混同使用することを禁じてはいない。だからこそ、共和党政治家らの強要によって捜査させられたFBI局長はこれを起訴できるはずがなかった――完全に政争の道具だったのである。査問の屈辱に耐える彼女が、軽く顔を顰めて左手で右の肩先を軽く払いのける仕種が、1枚の画像なのにこれが繰り返し放映されたが、共和党政治家らが「ハエ」として払いのけられる戯画になっていたのだ。共和党政治家らはそれが商売だが、これをもって彼女が「信頼できない」と本気で言い張る連中は「愚者の船」の乗合客どもである。この船は、長年の共和党による愚民政策によって行き着いた「アメリカの残骸」という幽霊船なのだが。共和党は、リンカーンやセオドア・ローズヴェルトらの時代は「愚者の船」ではなかった。再三書いてきたように、国民の「反知性主義」を悪用、政権を奪取した元凶は、リチャード・ニクスンだった。彼は俊敏極まる知性の持ち主ながら、異様な劣等感とパラノイアの持ち主でもあり、それが彼の知性を腐食させたのである。

不幸にも彼が政権に就いた1970年代は石油危機が2度起きて、安価な石油で利益を貪ってきた先進資本主義諸国は危機に遭遇、合衆国を牛耳ってきた「東部エスタブリッシメント(EE)」はこの危機を回避できなかったニクスン政権を見捨てた。

石油危機は、不当な安値で損をしてきた産油国側がOPEC(石油輸出国機構)を組み上げ、石油代金をつり上げたので起きた。OPEC側からすれば正当な要求だったのだが、EEはそれを阻めなかったニクスンを、元々、EEに対して不快な態度をとってきたがゆえに、唾棄するようになった。

EEは確かにアイヴィリーグ出で固められてはいたが、あくまで能力中心主義で、ニクスンほどの才能ならば率先受け入れたはずなのに、ハーヴァードを初めとするアイヴィリーグへのコンプレックスをニクスンはいかんともし難く、そこへ起きた石油危機で引っ込みがつかなくなった。

さらには、石油危機前に、大統領選でケネディ(ハーヴァード出)に惨敗、楽勝と見られた郷里カリフォルニアの州知事選にまで敗れていたから、ニクスンの再起はなしと見られていた。ここで彼は狡知を振り絞るのだ。南北戦争に敗れ、公民権運動に憤懣やるかたない「南部白人」らを味方につけたのである。

民主党は、南北双方に分かれていて、南部民主党は奴隷制支持の差別的政党で、ニクスンは彼らを「サイレント・マジョリティ」と煽り立てて、1968年の大統領選で地滑り的勝利を勝ち取った。民主党の候補、ジョージ・マガヴァンが、1州で勝てたきり、後はニクスンに全敗した。

詳細は拙著『大統領選でアメリカを知るための57章』(明石書店)を参照されたいが、以後の共和党は反知性主義を売りにする。反知性主義の権化ジョージ・W・ブッシュがなぜイエイルを出ているのか。彼の一族はイエイル出だらけで、こういう場合、学力抜きでイエイルに入れてもらえるからだ(「レガシー・ティップ(LT)」)。大統領として母校の卒業式でスピーチしたとき、彼はLTには触れず、こう言い放った。「この大学を卒業できた優等生諸君おめでとう。成績Cの諸君には、きみらでも合衆国大統領になれることを言っておきたい」。彼は隠れもないC学生だったのである。

とはいえ、共和党が標榜した反知性主義は「見せかけ」だったのだ――圧倒的に多い無学で意識の後れた票田を騙して、自党候補に投票させるのが狙いだった。近年では、キリスト教の終末論を盲進する「キリスト教右翼」(詳細は拙著『〈終末思想〉はなぜ生まれてくるのか?』大和書房)、今日だと「茶会派」が狙った票田、次いでトランプ支持の「高卒白人ブルーカラー」である。

ところが、「見せかけであるはずの反知性主義」はトランプの場合、彼自身、反知性主義の固まりらしいのである。合衆国憲法は12か条だが、彼は小学校5年生が習う語彙を使って7か条まで触れる。それどころか、自分の無学を自慢する。「おれは瞬時にして事の核心を掴める」と自慢してみせる。知性はお飾りにすぎない。平然と嘘八百を並べ立てる。嘘を真実と思い込んでいるのだ。「見せかけではない本物の反知性主義の体現者」――トランプのこの正体こそが、高卒白人の「見せかけでない熱狂的支持」を集められる根本原因ではないのか?

万が一、こういう人物が大統領になれば、どうやって職務を果たせるのか? 専門家で周りを固める? 専門家は自説を並べ立てる。それらの中から、どうやって正しい説を選びだせるのか?

「難民を無制限に受け入れている」というトランプの主張も、合衆国政府は難民審査には18か月か2年かけている事実で覆される。ヒラリー・クリントンが国務長官時代、中東情勢が悪化したとの主張も、国務長官の責任事項ではない(それは大統領と政権の責任事項である)。むしろ、国務長官としてイランとの合意にこぎ着けた彼女をこそ評価すべきだった。「アメリカは世界一税金が高い国だ」というトランプの主張に至っては、アメリカは世界で税金最低のメキシコ、韓国、チリの上と世界で4番目に税金が低い国である事実を天地逆転させる論法である(世界一の高税国はスェーデンと英国で各年収の42. 7%が徴税対象)。

こうして愚かな民衆を騙して政権を奪取してきた共和党は、ついに党自体が「愚者の船」と化してしまった。こうなると、トランプに批判的な党の領袖らは、自分らの反知性主義が見せかけだったことにだけ、最後の優越感を抱いていたことになる。これではトランプのほうがまだしも正直者だったことになるではないか。

ところが、トランプの支離滅裂な流儀が、命取りどころか、これまでのところ彼の支えになってきたのは、ポストモダニズムの害毒で、これについては他日掘り下げるが、例えば以下の挿話が理解の手引きになる。クリミア侵攻やウクライナ東部侵攻に際してプーチンが当初、ロシア軍の関与を否定、「ロシアの軍服などアーミー・グッズ・ショップで幾らでも売っている」と言い放った。

彼の戦争の流儀には、「ハイブリド戦争」の呼称が与えられているが、このタイプの新手の戦争概念は、ゲリラ戦闘やハッカー戦争を実戦と抱き合わせ、戦争の事実を曖昧化させる常套手段である。「虚言癖」が戦争にまで尾を引いたわけで、思えば「真珠湾奇襲」などの宣戦布告はまだしも、戦争の本格性にこだわっていたことになる。プーチンの流儀は、国家を上げてのドーピングを棚に上げて、「ウクライナ侵攻への報復だ」と言い張る点にも露呈するが、トランプの姿がこのプーチンにダブる。

ちなみに、プーチンとトランプは相互に好意を抱いている――「虚言家」同士が米ロのトップになるわけで、この2人を担いだ両国の国民らは2人以上に怪物であることになる。

トランプが選対を任せたポール・マナフォートは、プーチンがウクライナに置いていた傀儡政権、ヤヌコヴィッチ政権の参謀だった。マナフォートは、ザイールのモブツ、フィリピンノマルコスの顧問も務めた前歴がある。

7月末の民主党指名大会初日、主催団体「民主党全国委員会(DNC)」側が、バーニー・サンダーズを揶揄するメイルを暴かれて、DNC委員長が辞任を表明した。DNCのメイルを暴いたのが、ロシアの軍事情報部GRUであることから、ヒラリー・クリントンの落選を狙うプーチン側の画策と見られ、騒然となった。トランプ側は小躍りした。

●「煽動工作員」が大統領選候補になると●

トランプをキングコングに拡大させた内因は以上だが、その外因は彼の支持層(前述の高卒白人ブルーカラー層)で、この支持層が世界同時多発的に鎌首をもたげている事実が明るみに出てきた。アメリカ一国の孤立現象ではないからこそ、キングコングへの拡大が現実となったことが判明した。つまり、最新では、トランプ支持層と「ブレクシト」(英のEU離脱)支持層の重なりが指摘されたのである。共通項は、彼らの多くが「産業の空洞化」で失業したのに、移民に仕事を奪われたと曲解する点だ。

まだ明らかにされていないことは、EUの20数年に及ぶ壮大な実験が、これまた新手の「トランプ支持層」の類型に当てはまる下層階層を欧州全土にわたって量産していないかどうかという恐ろしい疑念である。

現実を曲解しかできない階層が現れれば、一部の政治家は彼らの無知に迎合、陰謀論で取り込みを図る(筆者の虚言癖の同僚も、これを十八番とした)。支持層の自暴自棄を陰謀論で核分裂させれば、彼らの自暴自棄を政治的エネルギーに転換、ホログラムのように「共和党のキングコング」が躍り出てきたのである。

トランプの類を見ないユニークさは、以下の点に要約される。従来、ラッシュ・リンボウら極右パーソナリティが引き受けていたリベラル派や民主党を泥まみれにする攻撃(大半が「陰謀論」)によって飯を食ってきた専門家と、涼しい顔で彼らを利用してきた共和党政治家との「分業体制」を突き崩し、トランプが1人2役を独占した点にある。トランプにいいようにいたぶられて下馬に追い込まれたジェブ・ブッシュは、2役の分業体制を打破したトランプに手もなく捻られて引っ込んだのだ。トランプの場合、「正式候補が政治家でなくて、煽動工作員(アジャン・プロヴォカトゥール)だと、どうなるか?」、これこそが、トランプの最大の実験で、これが大当たりだったのである。「煽動工作員」とは、リンボーのような泥まみれ要員である。

分業体制の突き崩しこそ、前述のポストモダニズムに起因する「ハイブリド戦争」的曖昧化、紛い物化が、「建前」(共和党で言えば正式候補)と「本音」(泥仕合担当者)という古来からの分業的辻褄合わを吹き飛ばしたのだ。この無頼なリンボウらと「堅気」を装う共和党政治家らの2役分業は、共和党では、1970年代はニクスンに始まり、フォード、レーガン、ブッシュ父子と続いてきた。いわば、秀才ががき大将を子分にして学内を支配する構図である。

2016年7月の党大会では、トランプは案の定、スピーチで死せるニクスンを担ぎだした。1960年ケネディに惨敗したニクスンが奇跡のカムバックを遂げた1968年の背景は、拙著『大統領選でアメリカを知るための57章』(明石書店)を参照願いたいが、この年はカウンターカルチャーがピークに達して瓦解する時期で、保守反動政治家ニクスンを蘇生させた支持層は、今日の高卒白人ブルーカラーの一斉蜂起と重なる。トランプ自身、白人ブルーカラー層を「サイレント・マジョリティ(SM)」と呼んだが、SMこそニクスンがヒッピーや公民権運動に憎悪を燃やしていた南部民主党員や全米の保守派(むろん、全員が白人)を持ち上げた呼称だった(前述)。

もっとも、1968年時点でアメリカ白人は90%、2016年の今日は70%、30%は有色人種である。全米50州で大雪崩的に連勝できたニクスンの幸運は、到底、トランプには期待できまい。

トランプの1人2役独占によってお株を奪われた、共和党の泥仕合担当者、リンボウらのほうが、ブッシュや共和党領袖ら以上に顔色なく、沈黙を続けている。トランプの炯眼でもあるが、何度も触れてきた白人ブルーカラーという「狂った周辺集団」、「周辺」というのは知的レベルのことで、まだまだ実数では多数を占めるこの集団の存在が彼の大当たりを支えている。

ヒラリー・クリントン陣営では、トランプと同じレベルで戦わされる不利を見越して、泥仕合部分だけは「外注」ですまそうか?という案が出ている。これに対しては、映画『クリントンを大統領にした男』(1993年)の主役で、クリントン選対を率いた名参謀ジェイムズ・カーヴィルに言わせれば、「代理任せでは勝ち戦は猛烈にむつかしい」。どれだけ泥仕合だろうと、自前で戦うしかないのだ。第一、外注先がトランプ以上に無謀な反撃をしてのければ、ヒラリー陣営はその責めを負わされて一巻の終わりだし、トランプ側は相手のほうから自滅してくれて、ウハウハだろう。

●トランプとの戦い方が浮き彫りにされた最近の出来事●

「外注」せずにトランプと戦えるヒントとなる事件が、最近発生した。

民主党は党大会に、息子をイラク戦争で失ったイスラム教徒夫妻を登壇させて、夫にスピーチさせた。むろん、イスラム教徒移民の除外を強調するトランプに向かって放った鏑矢である。夫のキジル・カーンは、トランプが「アメリカのために何1つ犠牲を払っていない」と強調、「あなたは合衆国憲法に一目でも目を通したことがあるのか?」と言いざま、内ポケットから憲法冊子を取り出して振りかざし、「目を通していなければ、喜んでお貸ししよう」とやった。

ここで恐れ入っていればおしまいだったのだが、挑戦されて恐れ入れないのがトランプの悪癖で、壇上で終始無言だったカーン夫人ガザラを、「あれは夫に発言を禁じられていたせいだ」とちょっかいをかけた(イスラム教の男尊女卑を暗示しようとしたのだ)。夫人は直ちに、「発言すれば、悲しみのあまり我を失い、党大会を乱すことを恐れたのだ。私は『金の星マザー』である。夫に発言を禁じられるようなやわな真似はしない」と切り返した。

子供を戦場で失った母親は「金の星マザー」と呼ばれる――日本ではかつて「靖国の母」という名誉の呼称があった。

さて、「犠牲」というキジルの言葉から、メディアは遅まきながら、トランプのヴェトナム戦争回避の前歴を洗い出した。踵にできた骨の突起で徴兵を免れたのである(その診断書を出した医師を、トランプは例によって思い出せなかった)。ここにたどり着くまでに、籤引での徴兵逃れだったと嘘をついた(彼の徴兵は1968年、籤引の開始は翌年12月から)。

前大統領でヴェトナム戦争回避は、ビル・クリントン(例の籤引)、ジョージ・W・ブッシュ(当時は海外派兵がなかった州兵パイロット)が知られている(後者の場合、自分が起こしたイラク戦争には、州兵を戦場へ派遣)。ブッシュは、上流階級出では掛け値なしのヴェトナム戦争の勇士、ジョン・ケリー(現オバマ政権国務長官)を詐術で破って再選された(2000年はアル・ゴアをフロリダでこれまた「詐術」で破った)。

キジル・カーンは、トランプのイスラム教徒移民拒否策を叩く民主党側の絶妙の「突き」で、案の定、相手はひっかかった。この騒ぎで、トランプ自慢のウォートン校も、実はニューヨーク都心のフォーダム大学からの転校入学とばれてしまう。

さらには、かつてトランプに「捕虜が戦時英雄であるはずがない」とくさされたジョン・マケイン上院議員も、掛け値なしの戦時英雄フマヌン・カーン大尉と彼の両親の冒涜を戒めた(トランプは、カーン夫妻にも同議員にも謝罪なし)。謝罪に代えてトランプは、「非礼は相手が先だ。第一、私の反論はあくまでテロ反対が趣旨なのだ」とトゥイートした。

マケインの向こう意気の強さを受け継いだ彼の娘メガンはこう切り返す。「戦死した兵士の両親を誹謗するとは、何という野蛮人でしょう。ああ、戦時捕虜を誹謗したあの同じ犯人ね」。

共和党を上下両院で代表するポール・ライアン下院議長、上院共和党を率いるミッチ・マコネルも、トランプを窘めはしたが、指名を取り消すわけにはいかない。

以上の挿話からは、クリントン及び民主党陣営が繰り出すべき戦術の雛型が透けてみえる。カーン夫妻登壇のの名案を誰が出したのか? ジェイムズ・カーヴィルなのか? トランプの強さは減らず口だから、彼の奇癖に合わせて手を打てば、相手は必ず罠にひっかかり、共和党は周章狼狽し、すでに同党の領袖中の領袖マイクル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長のように、民主党党大会でヒラリー支援演説をぶつ者まで現れるのだ。さらに言えば、米軍は最大の就職先だから、トランプにたぶらかされている「高卒白人男性」らには軍関係者は多い。カーン夫妻には、米軍という切り札に、もう1枚イスラム教徒という切り札がついている。おまけにトランプの徴兵忌避の前歴まで暴かれた。秀抜なトランプ潰しの名案だったのである。

キジル・カーンが壇上で取り出した合衆国憲法冊子が飛ぶように売れているという。

そして、8月1日に出たCBSニュース調査では、ヒラリー・クリントン支持46%、トランプ支持39%と出た。

●ボーダーフルvsボーダーレス●

さてここで、陰謀論を、もっと大きな枠組みで見直しておきたい。陰謀論というのは、「現実そのものよりも、人間の心が欲しがるものに合っているからだ」(ハナ・アーレント)。という次第で、要するに、現実のほうが陰謀論に比べて込み入っており、非論理的で、整合性がなく、筋立てがないように、一般人には見えてしまうのである。

では、なぜ「現実が筋立てがないように見えるのか」? 現実をボーダーレスな要素が支配する度合いが近代以降増幅されてきたからであり、大半の人間はに未だにボーダーフル(私の造語)でないものは「筋立てがないように見える」のだ。

彼らには、人間活動の大半がボーダーフルで、近代化の主役、経済と科学だけがボーダーレスであることに違和感を募らせる。この違和感を前提に陰謀論が捏造されてくるのである。経済はボーダーを越えての通商活動で初めて大きな利益を期待できるし、科学は「数学的言語」というボーダーレス言語を使って、世界を蒙昧さの泥沼から救い出してきた。

「ボーダーレス言語」(数学)は、幾多の「ボーダーフル言語」と違って外国人には有利に働く。例えば、筆者の長男はいきなりシドニーの高校に放り込まれて英語で悪戦苦闘したが、数学ではトップだった。アメリカでも、英語に弱いアジア系移民が数学では成果を残し続けている。数学が「ボーダーレス言語」であることの有力な事例だ。

筆者の父親は数学教師だったが、彼の一人息子はあいにくと人文系の頭で、彼は息子を罵った結果、筆者は数学は完全にだめになった。ところが、可愛い初孫(筆者の長男)には辛抱強く教えたので、彼は数学と人文系の両刀遣いになった。

筆者はトランプやブレクシト派を「キングコング」へと肥大成長させた白人労働者を非難するが、彼らの救済は彼らの子供世代を親の迷妄からどれくらい救出できるかにかかっていると確信している。トランプ現象に対する真剣かつ遠大な対処法は、この1点に絞り込まれるから、今後はこれが革新政党側の大きな政治綱領に掲げられざるをえない。白人ブルーカラーを「産業の空洞化」から救い出せなかったアメリカの民主党は、この点でこそ、彼らの救出に邁進しないといけない。

不幸から自らを脱出させた勇気と頭脳は、ディアスポラ(大離散)の運命からボーダーフルではいられなくなり、ボーダーレスに活路と隘路を見いだすしかなかったユダヤ系に感動的に露呈している。

亡国の民となり、国土を得られなくて、太古から「川向こう(ヒブル)」と蔑称され続けていたユダヤ系は、ボーダーレスが身上で、一部はその結果富を築いた。各国に張りめぐらせた金融網が武器で、ウォータールーでのナポレオン軍撃破を伝書鳩でいち早く知ったロスチャイルドが、いったん株を一斉に売却、「スワ敗戦か?!」と早合点して一斉に放出された株を一気に買い漁り、巨富を占めたという伝説は、ユダヤ陰謀論の論拠ながら、国際情報網の凄味の一例でもある。

ユダヤ系は、寄留国では、その国の法律に通じた弁護士か、万人に役立てる医師になった。乳母車に子供を乗せて散歩中のユダヤ系の若い母親に、知り合いが子供らのことを聞くと、母親は決然とこう答えた。「4歳は弁護士、2歳は医者よ」。これはユダヤ・ジョークの定番だが、弁護士・医師ばかりか、科学者も大半がユダヤ系だ。

だからこそ、ボーダーフルな人文系が大半の国々では、痛烈にユダヤ系は差別された。ドイツよりも、独ソに挟まれて塗炭の苦しみを嘗めてきたポーランドこそ、ナチスの時代最も多くのユダヤ系を殺した(ユダヤ系殺害数では、ドイツ50万人、ポーランド300万人! この数値は、ナチス強制収容所で起きた600余万人の虐殺とは重なる部分がある)。ボーダーフルで狭い世界に自分を閉じ込める者ほど、ボーダーレスな者を恐れ、忌避するのだ。

陰謀論の最たるものは「ユダヤ国際資本の陰謀」で、ボーダーレスな怪物としての「ユダヤ国際資本」という設定自体、ボーダーフルな生き方しか分からない手合いの妄想で、いかにも彼ららしく「国際資本」の究極の狙いは「世界政府の樹立」という限定的なものだった。だから国際連盟や国際連合、国際法廷は「民族国家」を否定する「陰謀」だったのである。むろん、EU、NATO、NAFTA、TPPも「陰謀」になる。ボーダーフルな限定の中で生きてきたから、それ以上先まで想像力がボーダーレスに伸びないのである(ブレクシト派の迷妄は、この線で理解されたい)。

その点、国民の99%が「日本人」という、世界でも異様な社会に住むわれわれは、ボーダーフルで凝固した国民であり、反転、何かと言えば「国際化」を呼号する。大学や新設学部の呼称に「国際」の文字が躍る。ボーダーフル過剰のあまり、「国際」という概念を具体化できないのだ。「国際」は、われわれにおいて永久に具象化されず、抽象概念のままである(卑近な例が固有名詞のかな表記で、プーティンは永久にプーチン、メルバンは永劫にメルボルン)。

少なくとも、国内が「国際化」している移民国家ですら、「国際」という概念をボーダーレスには理解できない。「国際」という言葉は、アメリカなどの英語圏では「有色人種」を意味するのだ。かつて存在した「国際ホテル」は、「有色人種専用ホテル」だった。シアトルの「国際地区」は、今日でもアジア系だけの居住地区だ。白人夫婦が、「私たちの代までは違ったけど、子供らの代ではうちの家族も国際的になるわ」と言えば、子供世代が有色人種と結婚、孫には混血児が生まれることを意味する。

因みに、亡国ゆえに世界に散ったディアスポラ・ユダヤは、その反動でイスラエルに猛烈に固執する。とはいえ、何世紀も「母国」なしで寄留先で暮らしてきた結果、ユダヤ教を凝結核とし続けた彼らは「ユダヤ人」ではなく、「ユダヤ系」と呼ぶのが正確である(詳細は拙著『新ユダヤ成功の哲学』ビジネス社を参照)。第一、黒人や黄色人種のユダヤ教徒もいるのだから。

とはいえ、「ボーダーレス」への一般国民の違和感は深刻である。経済学者は「ボーダーレスであることの経済効用」を喧伝するのだが、一部の有権者はそれにそっぽを向くのだ。前述の「ブレクシト」こそ、20世紀末に起きた「ボーダレス最大の奇跡」、EUへの造反だった。これはアメリカでも深刻で、2016年6月のCBSニュース/NYT世論調査でも、「グローバライゼイションで自国が得した」に賛同した者35%、「損した」が55%だった。こういう反発は、孤立主義(モンロー主義)、ナショナリズム、民族主義(人種差別)という形で表れる。すなわち、経済は度外視、個々人の心理的世界観と関係する。明らかに教育程度が密接に関係、トランプ支持、あるいは「ブレクシト」支持の白人らは高卒ないしそれ以下の学歴保持者が圧倒的に多数である(ペンシルヴェニア大の政治学教授、エドワード・マンスフィールト&ダイアナ・マッツ)。

●「文化の毒素」とその解毒法●

民族という、最もボーダーフルなありようから解放され、それゆえに頭脳も明晰になれたユダヤ系は、ユダヤ教によってボーダーフルな要素を慰撫しつつ、ボーダーレスであることの利益を貫徹すべく、人間活動では最もボーダーフルな「文化」から毒素を排除する方策まで案出した。

荒々しい多民族国家アメリカでは、最初は英系プロテスタントの文化が絶対的主流で、非英系移民は氏名を英国風に変えた。人気稼業の映画俳優の場合、イズール・ダニエロヴィッチでは致命的なので、カーク・ダグラスに改名した。このロシア系ユダヤの息子も俳優で、マイクル・ダグラスを名乗るが、実母は英系だから英系で通用するのに父親同様ユダヤ教徒に止まったのも、文化の毒素を解毒する戦略、「多元文化主義(マルタイカルチュラリズム/以後MC)」がアメリカ社会で主流化していたからである。カウンターカルチャーは公民権運動に刺激されて起きた白人青年層の意識改革で、それが世界を席巻した1960年代以降、俳優らは堂々と本名を名乗り出した(例えば、ロバート・デニーロは、1943年生まれ、デビュー作は1968年)。

「文化の毒素の解毒」とは、以下の経緯である。すなわち、初期にはアメリカ主流社会は移民に英系プロテスタント文化を強要、「溺れたくなきゃ泳げ」と叱咤した(英語を習得、アメリカ社会への参入を強要)。民族名を英風に改名したのも、映画俳優ばかりか、普通の移民もそうだった。

これに対して、移民の母国文化を尊重したほうが、アメリカ文化の多様化に繋がると主張したのがMCで、「最もボーダーフルな文化をボーダーレスに取り入れる方式をこそMCだ」と主張したのである。

日常的には、小学校の1クラスに、10数か国からの移民子弟が集合、それぞれの国々の日常の挨拶語句をクラス全員が学習、それらをある程度捌ける教師が本俸以外に年間5000ドルの特別手当てを支給された。一般には「バイリンガル教育」と呼ばれたが、現実には「バイ」どころではすまなかった。

移民らの個々の文化は、MC的構造の中で位置を確保できるが、同時に各移民は英語習得、英語で習得する高学歴の獲得によってアメリカ、カナダ、オーストラリアの主流社会へと参入を遂げる(この過程は「社会主流化(メインストリーミング)」と呼ばれた。

これはたいへんな手間と費用であり、実際には機能しないが、要は移民らに母国文化への敬意を失わせまいとし、他方、別の国からの移民子弟にも、他国かの移民文化への敬意を護持させる理想主義だった。

MCは最初、小型の多民族国家であるカナダとオーストラリアにおいて1980年代に活況を呈し、爾後、アメリカをも席巻した(筆者は1980年代のオーストラリアでのMCの活況に魅せられたが、当時ですら、例えば英系高校生にMCの文化的洗練度の高さを褒めると、鼻先で嘲笑われた。当時ですらMCは、英系主流の多くには「おためごかし」と見えたのである)。

公民権運動とそれの発展的分枝であるMCは、少数派の有色人種の主流化を促進、21世紀半ばにはアメリカは有色人種が多数派に転じる。そこへ「産業の空洞化」が追い打ちをかけ、それまでは時給50ドルでブルーカラー中流層だった白人労働者の転落が始まった。失業していなくとも、賃金が上がらないのだ(米の場合、2008年の平均週給774ドル85セントが、2015年でも788ドル87セント)。

この2つの事態が英米で同時に進行した。例えば、エリザベス女王が5歳だった1931年時点、外国生まれはわずか1. 75%、女王85歳の2011年、移民は20%、女王90歳の2016年、非白人人口は12%に激増した。首都ロンドンはもっと激変、1971年、白人86%、40年後の今日、白人は半分よりやや多め、このピッチだと、2050年までには非白人が30%を越える。

アメリカも、今世紀半ばに有色人種が白人を凌ぐ。白人労働者層のトランプへの雪崩は(彼の支持層は89. 7%が白人)、迫り来る少数派への転落が契機になっている。

EUからの移民は東欧白人だから、有色人種移民はパキスタン始め、旧英領植民地から押し寄せるので、ブレクシトで排斥された東欧白人移民らは有色人種移民への面当てに利用された側面がある。

白人ブルーカラーは、産業の空洞化への恨みは弱く(理解できないので)、従来、高賃金を確保してくれた労組に裏切られたとの思い込みが強く、アメリカの場合、面当てに共和党に鞍替え、共和党にも裏切られて今度は面当てにトランプに靡いた。まさに「産業の空洞化という風にそよぐ葦」である。根本原因から目を背け続ければ、自らを袋小路へ追い込むしかない。英の場合、労働党から保守党に鞍替えした形跡はアメリカほど鮮明ではないが、ブレクシトの旗を降ったボリス・ジョンスン(保守党)のような英側のデマゴーグに靡いた点は似ている。

トランプに労働者への共感などどこを突いてもあるはずがないのに、これらのブルーカラー白人の騙され癖はほとんど自動的である。ジョンスンに至ってはイートン~オックスファド(それもダントツのベリアル・カレッジ出)、妾腹ながら王家に繋がる貴族、さらにはトルコ貴族の血まで入っているから、トランプ以上に当てにならない。もっとも、金髪を蓬髪で靡かせたジョンスンは、シェイクスピアの典型的な喜劇的人物フォールスタッフを連想させる破れかぶれぶりは、トランプを凌ぐ人気である。

●「文化の毒素」のばら蒔き作戦●

移民を恐れ忌避するには理屈が要る。それが陰謀論なのだ。トランプ支持層もブレクシト支持層も、「産業の空洞化」に対処する手を打たなかった自分らの怠慢を棚に上げて、自分らの窮地を移民のせいにした。移民こそ、彼らにとっては、得体の知れない「ボーダーレス人間」である。

トランプやブレクシトの支持層は、以下の事実から目を背ける。すなわち、1970年代、2度の石油危機で、先進諸国の企業が利益を燃料代に食われ、自国の労働者に高い時給を払えず、労賃が安い途上国へ工場を移した。石油危機は、産油国が不当に安い石油価格を一斉に値上げ、自己資産の拡大を図った結果、起きた。

従って、いくらトランプや彼を担ぐ白人ブルーカラーが騒ぎたてても、いったん海外へ出た工場はぜったいにアメリカ国内へ戻っては来ない。戻れば倒産は必至である(経済は、非常時において最も非情なボーダーレス性を発揮する。自らが生き延びるには、国家や民族というボーダーフルな要素は切り捨てる)。トランプはそれは百も承知の上で、白人ブルーカラーを騙している。いや、白人ブルーカラーにも、事態はぼんやりとは分かっているが、いまさら新たに教育を受けて新たな職業に就く根性が出てこないので、自棄糞で騒ぎ立てているのだ。

アセンブリーラインでの彼らの労働工程は作業手順がマニュアル化され、ロボットが容易に肩代わりできる(現に相当量がロボットに依存)。ところが、今日日、先進諸国に残された仕事は、工程の最初から創出を迫られるものばかりである。一番分かりやすいのが、メディアの編集企画会議で、ここでの新企画決定会議は編集者の知力の限りを尽くした総合力を発揮するほかなく、到底ロボットには肩代わりできない。もっとも、幾つかの「刺し手」をインプットしてやれば、囲碁では人間がコンピュータに勝てないように、編集企画すら機械にっとって代わられ、ヒトという種の滅亡が始まるかもしれない。

他方、辛うじて先進諸国に残されている製造業は、不動産・建設・住宅産業で、この一部には高学歴抜き、才覚次第で関与可能である。

ブレクシトの英国白人ブルーカラーも同様だ。ブレクシトの賛同者の多くが、移民が少ない英の田舎町在住だった奇現象も、すでに移民を唾棄して、彼らがいない田舎町へ移住を遂げていた英白人たちだというから、仕事が一層稀少な地域へ逃げ出すほど移民唾棄という本末転倒ぶり、一層自身を窮地に追い詰めているのだ。

本当の現実から取り残されても、何ら手を打たない者たちは、その乏しい想像力に見合う彼らの「現実」、すなわち陰謀論を投げ与えてくれる指導者に一斉に靡く。トランプが陰謀論の効力をほぼ確かめたのは、2012年の大統領選に出馬、2011年3月、「オバマ大統領がハワイ生まれというのは嘘で、彼はアメリカ生まれではないから、合衆国大統領になる資格がない」と触れ回り始めたときだった。まさに前述の「文化の毒素」をばら蒔いたわけだ。

オバマの父方の祖父の名(フセイン)を受け継いでいた大統領は(彼の名は正確には、バラク・フセイン・オバマ)、2008年の大統領選時点から「イスラム教徒だ」と言い触らされていた(祖父はイスラム教徒だが、孫は違う。白人である実母は長老派で、先祖は北アイルランドから移住)。

トランプは、この陰謀論を半年、執拗に言い張り続けた後、ついに以下の場面にこぎ着けた。すなわち、テレビの分断画面で、片や彼、片やホワイトハウスの記者会見室には大統領の出生証明書を持つ側近を従えた大統領。そして大統領は自身アメリカ生まれであることを言明したのである。あまりの馬鹿らしさに怒った大統領は、半年、出生証明書のとり寄せを拒否していた。側近も無視派が多かったのだが、嘘が広がることへの恐れが出てきて、嘘を真に受けるアメリカ人は38%、ついには47%へと跳ね上がり、公表となった。従ってこの場面はトランプの勝利の瞬間だった。彼はそれで「勝った!」と納得、何と予備選から下馬してのけたのである。

便乗して書かれたオバマ外国生まれ本(作者はトランプとは別人)は、証明書公表以後に刊行されたにもかかわらず、アマゾンでトップへと躍り出た――陰謀論の弾力の恐ろしさである。トランプは、この戦術に「透かし絵(トランスペアレンシー)」という呼称まで与えた。オバマの画像に、「外国生まれ」、「イスラム教徒」の画像が透かし絵となって重なると47%が信じるのである(前述の「ハイブリド戦争」参照)。トランプが陰謀論の欺瞞的効力を明確に知悉していた証拠が、彼がこれを「透かし絵」と呼んだことからも分かるというものだ。

とはいえ、透かし絵の効果のほどを確かめるとあっさり下馬してしまう、この潔さが、トランプの大胆不敵さの身上で、誰にも真似ができるものではない。6週間、彼のリアリテティ・ショウ番組「アプレンティス(徒弟)」(前述)の視聴率低下を恐れる主催局NBC側の懸念に対して彼は、断固折れなかった。

(次回へ続く)

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越智道雄 (おち・みちお)

1936年、愛媛県生まれ。明治大学名誉教授。英語圏の文化研究の専門家であり、とりわけアメリカ文化・社会の研究で名高い。著書は、『<終末思想>はなぜ生まれてくるのか』(大和書房)、『ワスプ(WASP)』(中公新書)、『ブッシュ家とケネディ家』(朝日選書)、『ヒラリー・クリントン――運命の大統領』(朝日新書)など多数。また翻訳書も多数あり、ザヴィア・ハーバート『かわいそうな日本の私』(1-11、サイマル出版会)で日本翻訳出版文化賞、ローズマリー・ハリス『遠い日の歌が聞こえる』(冨山房)で産経児童出版文化賞を受賞している。

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